スケジュール帳を買った。無印良品に行ったら無性に欲しくなったので買った。お前はスケジュール帳を使いこなしたことがあるのか? と問われたら全力で首を横に振るほかない。まともに使えた試しがない。たいてい一ヶ月もせずに放置する。なのに性懲りもなく買ってきた。まあそんな高い買い物でもないからいいだろう。新しいおもちゃだと思えば安いものだ。
別に意味もなく買ってきたわけじゃない。ちゃんと先を見通す必要が出てきたからだ。私はこれが驚くほど苦手だ。公募に送ろうと長編をちまちま書いているし、別件の日程次第では同人誌即売会にも出たいと思っている。しかし先を見通す力があまりにも弱いので「これっていつまでにやらなきゃいけないんだ? 今のペースで間に合うのか?」といった疑問がしょっちゅう頭に浮かんでくる。その度に計算しては「まあ大丈夫かな。あれは◯月に入ったら始めればいいか」などと結論づけるのだが、疑問が湧く度にハラハラするし計算している時間がもったいないから手帳を買ったのだ。今回こそ使いこなせる気がする。これは漠然とした根拠のない自身ではなく、過去と比較しての話である。
スケジュール帳とは未来のスケジュールを書き表すものだ。過去の私がろくに使いこなせなかったのは、ろくな予定がなかったからである。友達のいない喪女に予定という概念はほぼ存在しなかった。じゃあスケジュール帳で何をしようとしていたかというと、意識高い系みたいに空き時間をコントロールしようとしたり丁寧な暮らし系みたいにライフログを取ろうとしていた。無意味だった。やることがなければ私はなにもしないし、ライフログなど取ったところで活用しないしそもそも取れない。だから一ヶ月もせずに開かなくなっていた。
道具というのは何かをしたいときに使うものであって、道具を使いたいから何かをしようとすると微塵も続かないということに気がついたのは最近である。多分当たり前のことなんだけど、よく分かってなかった。
ここ最近、やっと人間としてまともになってきた気がする。おそらく10代後半から20代前半にかけて人間が理解し身につけていくものを私は今やっとできるようになってきた。あまりにも遅いが時間割巻き戻らないから仕方がないね。ちょっとずつやっていこうね。