さよなら来世

0808matumoto
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あいつの好きなクソゲーかよ。

アナウンサーの告げる言葉に、ぼんやりとそう思った。

時刻は18時をすこし回ったところ。今夜の予定を確認しながら、ドラ公がつけたニュース番組に耳だけ傾ける。

政治家の横領事件、有名女優の結婚、諸外国の変化。全国放送だからか、新横浜のポンチとは無縁の世界は今日も平和に廻る。

と、臨時速報が入った。流れるテロップと冷静を装うアナウンサーの表情。口調。言葉。そこから伝わる緊張感と、ガヤガヤとみみざわりな音がアナウンサーの声に混ざる。おそらく撮影側、なのだろう。あちら側もどれほど取り乱し、混乱しているか、物語っている。

なぜならば、

「明日世界は終わる……」

ぐぷぷとキンデメが息を吐き出す。まるで俺の呟きに答えるように。

え、えっ。

はぁ?

世界が、終わるってなんだよ……。

あれか、やっぱりポンチの吸血鬼のいたずらか、ならすぐに退治に行かねぇと!

ドッドッドと脈打つ鼓動を無視して、視線を巡らせば、柘榴色とぶつかる。キッチンで夕食の準備をしていたドラルクだ。お調子者のあいつが珍しく真剣な顔つきでスマートフォンを耳に当てていた。心配そうにその姿を眺めるジョンが名前を呼ぶ。

ぶつかり、絡み合った瞳は俺の意図を察したのだろう。こくりと首を縦に振った。

あいつには切り札がある。

それは世界の天命さえも変えられるかもしれない、切り札だ。

「あ、お爺様ですか。はい、はい、そうです。今ニュースを見ました――」

ドラルクの声が途切れると、あいつの傍にヌッと大きな影が現れる。徐々に形作られていくそれは、細く高く、男性の平均身長よりも高い吸血鬼をも見下ろす真相の吸血鬼。ドラルクの祖父だった。

「こっちの方が早いから」

文字にすればお茶目な言葉も、淡々と告げられ、渋い声色がリビングを揺るがした。

「急遽だから仕方ありませんね、いらっしゃいませお爺様」

「ポールくんも久しぶり」

あ、どうも。なんて軽く礼をすれば、ドラルクのじいさんはうんと軽く答える。

それを遮るようにして、ドラルクがことの真意を確かめるように話を進めるのだった。

「で、これは本当なんですか? 誰かのいたずらや間違いではなく?」

「うん、本当。地球の命はあとわずか」

「それはお爺様にもなんともできないくらいに?」

「できない、世界各地を回ってみたけど私にできることはなにもなかったよ」

「そうですか」

随分と冷静にドラルクは答えた。

そう言えばこいつはなにひとつ慌てていない。ジョンや俺は会話をするふたりの顔をいったりきたり、キンデメに至ってもことの成行を静かに見守っていたようだった。

「そうですかってお前そんなっ……!」

本当になにもねぇのかよと言おうとして、じいさんの言葉が重なる。

「ごめん」

シンっと水を打ったかのような声にハッとさせられる。

言葉足らずだが、恐らく最強の吸血鬼であるこのじいさんは、手を尽くしたはずだ。いつもとんでもねぇことをしでかすじいさんだが、その力は無限大。俺たちの想像をいつも易々と超えていく。

ドラルクには、それのじいさんが打つ手なしということが、どういうことなのが理解できたのだろう。

だから責めることもなく、静かに受け止めた。親族だからこそじいさんのすごさはわかっていて、孫だからじいさんがこの世界をどのように見ているか知っている。

なら、それはもう、どうしようもないことなんじゃないか。

視界が暗くなる。思考が落ちていき、え、なんだよどういうことだよと頭をぐるぐると駆け巡る。世界が終わるって、俺はまだ兄貴みたいな退治人にすらなってねぇ。バモネさんやマスターに恩も返せてねぇし、ジョンとアイスを食いに行く約束も果たせてね。

なのに、明日、世界が終わる……?

パンッ!

思考にメスを入れるように、音にハッと顔をあげた。いつの間にか、視線が足元に向いていて、弾かれたように見上げた先にはいつものあいつがいつもの夜のように立っていて、

「ジョン、ロナルドくん。今日の夕飯のリクエストを更に受け付けてやる」

なんて、場違いなことを場違いにも上機嫌な声で言うものだから、ジョンの「ヌァ?」という声とともに、俺も「はぁ?」と疑念たっぷりの声をあげた。

いやだって、リクエストって、明日世界が終わるのに何言ってだよ、お前。

「何言ってるんだよ、お前」

「おい、心がダダ漏れだぞ若造。」

ドラルクはふっと表情を改める。ニヤニヤと悪戯を思いついた子どものような顔つきで、そっとジョンを抱き上げると俺に優雅な動きで手を差し伸べた。

「さぁ、最後の晩餐といこうじゃないかロナルドくん!」

ヌヌヌヌヌンとジョンもポーズを決めて、ヌフゥと満足そうに鼻を鳴らす。かわいい。

なんだよ、最後の晩餐て。

「私は最後まで私の居たい場所で私のしたいことをする、それは明日世界が滅ぶとしても変わりない。今私がやりたいことは君たちのリクエスト通りの夕食を作り、ヒナイチくんにクッキーを焼き、お父様やお母様、お爺様に一族のみなに別れを告げたい 。だから、最後の晩餐だよ、ロナルドくん」

ほろりとドラルクが少しばかり困ったような笑いを浮かべた。苦笑いとでもいうのか。らしくない、表情だ。

時間は有限だ。それをこいつはこいつらしく生きようとしているのだろうか。

ならば俺は、それに応えてやるだけだ。

「だったら、からあげ!」

「ヌッヌヌヌイ!」

「オムライス!」

「ヌッヌヌーヌ!」

「ハンバーグ!」

「ヌヌヌン!」

ジョンと交互に食べたいものをリクエストしていく。あれもこれも。あああれも食いたい。こいつの作る飯だけはすげぇ美味いから、だから、もっと、ずっと、いつまで食っていたいけど、最後なら仕方ねぇな。俺の好きなものを遠慮なくリクエストしていく。ジョンも同じだった。

「わかった、わかった。それじゃ、君たちの腹を後悔のないようにこのドラルク渾身の料理で満たしてやろう」

そう言うと、傍に立って成り行きを見守っていたじいさんに体ごと視線を向ける。向かい合う影と影の存在。

ドラルクは抱きしめているジョンを潰さないように、じいさんに片手だけで抱きつくと

「すみません、お爺様。私はここでもう暫く過ごします、後ほど改めてご挨拶に参りますので、お父様にも心配しないようにお伝えください。愛していますよ、お爺様。ありがとうございます、ここまで来ていただいて」

しとしとと降る雨のように静かな音でドラルクは言葉を紡ぐ。俺なら素直に出てこない言葉も照れなく言えてしまうのは、こいつのまぁいい所だよな。

じいさんもドラルクの髪をぽんぽんと撫で付けながら言う。

「うん、私も愛してるよ」

短く簡素な言葉だがドラルクにはそれで十分なのだろう。バサバサと蝙蝠に姿を変えていく細長い影を消えるまで見送っていた。

俺も、兄貴とヒマリに会いてぇな。