《ビヨンド・ユートピア 脱北》

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《ビヨンド・ユートピア 脱北》を観た。《ゲゲゲの謎》以来久しぶりの映画館での映画鑑賞だった。

この映画を観て何も感じない人間はいないだろう。

タイトルの通り、脱北を試みる北朝鮮人に迫ったドキュメンタリーで、アメリカが製作国となっている。脱北している最中の映像が想像よりもたくさん出てきていたので、観ている間はずっとハラハラしていた。勿論、こうして世に出ている時点で多少は成功するのだろうとは思ってはいたのだが。

私は北朝鮮について勉強したわけでも、朝鮮半島の歴史に詳しいわけでもない。私が知っていることは歴史の授業などで習った最低限の知識と、朝鮮系在日3世の知り合いから聞いた実際の北朝鮮の話のみである。

上述したよう脱北中の生々しい映像も多くあったが、北朝鮮の実情を表す映像も沢山あり、中には処刑をしている最中のショッキングな映像も含まれていた。また、脱北し世界に北朝鮮の実情を伝えている活動家のインタビューも多数あり1時間55分といった長尺の映画であったが全く退屈することはなかった。

私はこの映画を観ている間『祖国』という概念について考えていた。映画の中では、北朝鮮を憎み、逃げ出し、拷問を受けた後、また再度死ぬ思いで脱北した人々が「親戚に会いたい」「皆が恋しい」「戻れるのであれば戻りたい」と言っていた。実際に北朝鮮へ行った知り合いは「冷麺」がとても美味しく、またあの「冷麺」を食べるために北朝鮮へ行きたいと言っていた。

幼い頃から私の中の北朝鮮の生活というものはあまり裕福であるとは思っていなかったし、実際の映像を見ても私のイメージしていた姿と特に代わりもなかった。しかし、そこでは「生活」が行われ、人々は「会話」をし、人間関係を構築している。(プロパガンダではあるが)歌や踊りといった「芸術」もある。脱北した家族が東南アジアの方へ安全を求めて移動している最中に、皆で泣きながら祖国の歌を歌っているシーンがとても印象的であった。また、今回の脱北のキーマンとなる牧師とその奥さんが食事の準備をしているシーンがあるのだが、北朝鮮出身の奥さんは脱北し韓国に住んで長いはずなのだが、食料や水を無駄にしない北朝鮮式の方法で料理をしているのだ。

この映画では脱北後の人間がどう他国で生きているかというところまでは記録されていなかった。しかし、日本でさえ在日朝鮮系の人は就ける職の幅が狭いと聞いているので、韓国で暮らすとなるとその困難は計り知れない。ましてや生活しているのは全く文化の異なる土地だ。知り合いも家族もいない土地。見たことも食べたこともないものが街中に溢れかえっている。

私が『祖国』を恋しいと思う時。それは周囲と自分が共有できる文脈が全くないと感じる時である。当たり前であるが同じ生活文化を持つもの達は皆共通言語がある。そして共通して認識しているその微かなニュアンスは途中からその文化圏に参加した人間では共有できないのである。

望んで脱北したとはいえ、祖国を思う気持ちはいつまでも消えないだろう。在野の私達から見ると悲惨な環境に見えても、そこで生きていた人間にとっては「生まれ育った思い出深い土地」なのだ。

この映画はアメリカが制作国であったからであるか、多少北朝鮮”悪”とする編集の仕方が多かったような気がする。しかし、脱北した家族のおばあさんや子供たちが北朝鮮や指導者について語っているインタビューで、善悪では判断できない祖国に対する複雑な思いを我々は感じることができるだろう。