滝沢ガレソが2023年1月25日にしたツイートは次のようなものである。
【悲痛】JALの飛行機でペットを失くした飼い主のツイートが話題に… ■要約 2021年8月、JAL機で羽田→大分を移動時、飼い犬も同時輸送 ↓ 機材トラブルで発着が1時間半遅延↓ その間、犬はJALの管理下に ↓ 健康確認&給水を求めるも「規則なので」と拒否↓ 到着時、犬が熱中症で亡くなる↓死亡翌日、JAL社員が土下座謝罪↓ 飼い主「謝罪はいらないから、本件をメディアに公表して」↓ JAL「それはできない。10万円で手を打って」↓ 愛犬が…10万円…? ↓ 訴訟(今もなお責任の所在をJALが認めず係争中) ※帰りの機内で「ペットとの安全な空の旅を約束します♪」とのCMが流れる
この要約は恣意的なものであり、事実もあれば、ミスリード部分もある。特に、死亡翌日からのやりとりは飼い主からの一面的な印象が強く、JAL側の意図とは関係がない汲み取られ方をしているだろう。JAL視点では、そもそもペット死傷のリスクがあることを伝え、発生時に責任を問わない旨の確認書を作成している状況での出来事であるが、客観的な事実として確認できる部分も省略されてしまっている。係争中ということは、JALに言及できることは少なく、飼い主は怒りや悲しみを留めきれない状況にあることは想像に難くない。
2023/2/7現在、引用元の犬を亡くした飼い主と思われるアカウントは非公開となっているが、滝沢氏が呟いている内容が概ね書かれていた。全く当事者でない滝沢氏をはじめ、外野である人々が、係争の場外でJALや飼い主の正当性をめぐり代理戦争をすることに意味はない。多くの言及が「JAL派か、飼い主派か」という両極端ばかりである。飼い主のツイートに対して多くの人がリプライやコメントを残しており、滝沢氏が誘導する通りに航空会社を悪とする「規則より犬の命は重い、マニュアル化の弊害、命に10万はおかしい」といった言及か、航空会社に非はないとする「ペットが貨物扱いは常識、確認書を書いている、飛行機を選んだ飼い主のエゴ」といった言及に大きく二分されている。どちらに責任があるのか、というのは係争中であることから判断は司直に委ねられているいま、ギャラリーにできるのは、航空機のペット運搬サービスがどういった状況なのかを調べる程度だろう。
航空機の運用については航空法を始めとした国内で定められている法律や規則と、国際航空運送協会(IATA・イアタ)や国際民間航空機関(ICAO・イカオ)といった複数国が係わる国際機関による業界方針や規格・基準がある。1985年8月12日の日本航空123便墜落事故のような事故、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロのような事件の度に見直され、安全な運航を目的に様々な機関が検討を重ね、航空機運用に係わるルールが作られている。航空機運用におけるルールは概ね事故や事件の発生を礎に作られる「血で書かれたルール」なのだ。ペットは明らかに爆弾ではなく厳しすぎるのでは、という声もあると思うが、映画『ハドソン川の奇跡』のような、鳥がエンジンに入り込み大事故に繋がるバードストライクのような事象も動物に起因する。羽田空港では2021年9月に滑走路をカメが歩いていたことから、カメを捕獲するまで滑走路を封鎖したという事件もある。あるいは犬ではなく給水器等に薬品が混入されていることを想定することもあるだろう。たかが猫の子一匹フォーク1本であっても、安全が確保できる保証がないのであれば飛べないのが航空機である。
ペットを航空会社に預けてからの流れは①預ける前にはペットの死傷可能性についての確認書を用意する、②預かり手荷物としてカウンターで預ける、③出発直前まで空調のあるカウンターで待機、④航空機まで運搬、⑤貨物室に格納、となる。旅客が乗る部分とは異なり、滑走路に近い飛行機のお腹の部分にあることから外気温や反射熱などにより、旅客部に比べてコントロールが難しい。気圧変化や音の発生などもあることから、完全に快適とは断言できないが、現状のルールの中で、ペットにとってなるべく負担のない環境を提供しているだろう。航空会社によって細部は異なり、たとえばANAではカゴ(クレート)に設置する給水器や保冷剤を取り付けるサービスを行っているが、JALでは自前で用意しなければならない。また、ブルドッグやパグといった短頭犬種は特に夏場の温度や環境変化に弱いため、通年あるいは夏季の搭乗禁止を謳う航空会社もある。
犬や猫といったものが「貨物=モノ」として扱われるのは、航空関係の法令や規則に基づくというものではない。航空機への持込制限や保安検査に係わる国交省のページにも特段ペットについての記載はない。基本的に民法や刑法が動物を「動産」や「器物」と区分しているのと同様にモノとして扱っている。但し同時に「動物愛護管理法」の対象でもあるため、動物は単なる椅子や机といった無生物と同様には扱われない。他の旅客への影響なども鑑み、人間と同様のサービスを与えられるわけでもないのである。ペットを貨物と共に移動できるサービスがいつから始まったものなのかは見つけられなかったものの、2004年3月にJALがペットおでかけサービスを拡充する会員制度を作ったプレスリリースが確認できた。貨物室ではなくペットと同席するサービスについては2016年にANAが、2017年にJALが、チャーター便を使用したツアーを始めている。現在、日本国内の通常路線でペットと同乗できるのは、スターフライヤーの羽田・北九州線のみである。その他の航空会社は貨物室にペットを預けて運ぶこととなる。
滝沢氏が取り上げた事例は、飼い主のツイートや要約を読めば、誰か悪者がいたことで、「家族」が亡くなってしまったように読み取れる。しかも、その悪者は大企業で命の重さもわかっていないかのように述べられる。2021年8月当時の航空機運行状況を調べると、該当する機体は離陸前に何かしらのトラブルがあり、乗り換えが発生したようである。その際に貨物室の空調を切っていたのか、反射熱などの影響が強かったのか、貨物の積替に時間がかかったのか、いま事実を知る方法はない。飼い主のツイートを読むと、一度航空機から降り、バスラウンジのような場所で待った際、衰弱したペットに接触し、再度搭乗・積載して出発。到着後に死亡が確認されたということだった。「安全」の為であれば、爆発物検査等を終えた手荷物と持ち主が接触してはならない。飼い主のツイートによればこの状況下で他に2人ペットと同行していた旅客がおり、うち1人は犬の状況を確認し離陸をキャンセルしたようだ。現場スタッフはルールに抵触しながらも、今できる最低限のことを提供したのではないだろうか。
そもそも「安全」を最重要視するのであれば、ペットを預かるというサービスは無い方がよい。手荷物として扱うものの、動物愛護の考え方でなるべくペットに負担の掛からない方法でサービスを展開しているのは、マーケティング戦略もあるだろうが、航空業界が「ペットは家族」という価値観を認めているという証左ではないだろうか。この価値観が企業全体に浸透しているとは限らない。現場で担当した人間が、偶然価値観を認めていない個人だったかもしれない。だが、全員が同様の態度であることを懸念するのであれば、あらゆる特別なサービスは無くすほうが効率がよい。当たり前のこととして「ペットは家族」が浸透していけば、当たり前のサービスを受けたいユーザーは多くなる。しかし、サービスを受けたければ一般路線ではなく、チャーター便やプライベートジェットといったラグジュアリーな選択肢しかなくなる、という状況は健全ではないだろう。
「安全」と「安心」は両立するように語られることが多いが、ときに衝突することもある。その曖昧なラインをどこまでなら許容できるか、どこまでなら譲歩できるか、というのは利用者と提供者両方の歩み寄りなしには成立しない。現在のインターネットに蔓延る雑な二分論は歩み寄りを不可能にしてしまう。悲しいことに、滝沢氏のような、分断を煽り観客に対立構造に加担させることで人気を獲得するヒトは多い。
尚、現在ANA・JALは共にペット預かりサービスのページから、ペット死亡事例の数を記載している。これによると、JALは発端となったツイート以降死亡例がなく、ANAは直近で2022年11月に死亡例がある。そういったことを調べもせず、滝沢氏のツイートのみを見て「犬を死なせるから、二度とJALは使わない」と言っているアカウントも多々ある。一方で、先日ANAが羽田空港の大型電光掲示板を撤去することを発表した際には「スマホアプリだけなんて不便だ二度とANAは使わない」と言っているアカウントが多数あった。JALやANAにも非難する点はあるだろうが、何の吟味もない脊髄反射による拒絶は何も生まない。当然のことながら、当事者ではない外野が、実際に個人に起こった悲しみや怒りを出汁にして、歩み寄りの可能性を断ち切ってはならないのだ。