サマータイム・アイスバーグのこと

Kamiyama-6hito
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『サマータイム・アイスバーグ』(新馬場 新(しんばんば あらた)、小学館ガガガ文庫、2022年)https://www.shogakukan.co.jp/books/09453080 は第16回小学館ライトノベル大賞・優秀賞受賞作品。あらすじは、真夏に三浦半島沖に突然氷山が現れて騒動になる中、半島の高校に通う進(すすむ)、羽(はね)、一輝(かずき)は夏休みを迎える。一年前にこの3人の友人・天音(あまね)が事故で昏睡状態となってしまったこともあり、仲良しグループはぎこちない関係となってしまっていた。そんな中、進の前に天音によく似た9歳くらいの少女が現れて…、というものである。

キャラクターとして「きみとぼく」の青春パートと、「中間項」の官僚パートを具体的につなぐのが、仲良しグループの一人である一輝である。母親は海上自衛隊の艦長として氷山を調査しており、父親は防衛省の海将補として情報保全隊の司令となっており、この二人は既に離婚している。グループの他の面々である進も羽もそれぞれの事情で家庭がドロドロとしており、そのあたりをカラッと描かない、中間項である社会や家族といったものから逃げないのも本作の特徴と言えるだろう。そのほか入れ込まれた要素としては、他にLGBTのことや、新型コロナウイルス蔓延のこともある。作者の中で噛み砕かれていないのか、これら要素については、当然なもの=差別的なことは過去のもの、となっているわけでもなく、コロナ禍が人々の習慣を変えたということにもなっておらず、十分に作劇に生かされていないと感じた。一方で、氷山の出現により三浦半島の夏休みでは夏祭りや花火大会といった「あの夏…」イベントはことごとく、国家の発出した緊急事態宣言で中止となっており、現代の中高生にあったはずの青春の喪失感は、リアリティがあるものになっている。

本作のセカイ系的な「この世の終わり」、カタストロフィは氷山の出現から始まりタイムマシン技術を巡る国家間闘争へとつながっていくものであり、「きみとぼく」の青春パートは、謎の少女が夏休みを満喫することを巡る仲良しグループの物語である。個々がそれぞれに家族や友人とわだかまりを持っており、謎の少女がいたりいなかったりすることが、わだかまりを解決する糸口となる。既に丸わかりと思うが、謎の少女はタイムマシンによって未来からやってきており、終盤では国家が彼女の身柄を抑えようと試み、仲良しグループはそれぞれの方法で彼女を守ろうとする。その過程において、彼らは家族との繋がり方を変えたり、友達との関係性を発展させようとする、いわゆるセカイ系ではスキップされる「中間項」が官僚シーンという国家レベルでの中間項だけでなく、自分の家族との関係性のような小さな中間項との接続も描かれるのだ。

実写ドラマや映画が先陣を切っていた官僚モノ描写がライトノベル、キャラクター小説に本格的に入り込んできた一冊であり、ある意味で『大怪獣のあとしまつ』(監督・三木聡、「大怪獣のあとしまつ」製作委員会、2022年)がやりたかったであろう、人間ドラマと特撮SF的要素のミックスも本作で達成されているように思える。その上で王道の「あの夏…」のキャラクターや舞台を空疎なものとせず現代劇を組み合わせ、彼らじゃないと物語がている。謎の少女は誰だったのか、タイムマシン技術はどうなってしまったのか、昏睡している友人は目覚めるのか、仲良しグループの友情はどうなるのか、日本の未来は明るいのか、色々な切り口があることで間口を広げている。今後もこういった作品が(キャラクター文芸でなく)ライトノベルの賞に選ばれるようになれば、ここ数年間のコロナ禍で起こったことの手触りを残していけるかもしれない、と勝手ながら感じた一冊だった。

@1236dominion
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