砂の城|1

かめやす
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公開:2026/1/14

天穹から舞い降りる砂粒は月の光に反射して、舞い落ちながら煌めいている。

深月は頬杖をついたまま、焚き火の赤々と燃える様には目もくれず、室内の隅、窓際にある古びた椅子に体を預け、外を見ていた。

その深い闇色の瞳には、外を舞い上がる煌めく砂塵が流れていた。砂塵というには目が粗く、一粒一粒がよく輝いた。あたかもそれは、星の屑が舞っているかのようだった。

深月はおもむろに腰を上げると、大きな寝台に無造作に掛けられていた砂除けのマントを掴んで身を包み、裾を翻しながら扉の方へと向かった。

重い扉を押し開けると、暗い空に輝くのは月と、砂塵の輝きのみだった。

背後から背の高い年嵩の人物が現れて、深月を背後から守るように、その影が包んだ。

「深月。どこへ」

「砂の粒が煌めいている。城の方角からだ」

「……行くのか」

「ああ。見てくるよ」

「あまり深追いはするな。たとえ月夜でも、城の方は影が濃い。闇は深いぞ」

「わかっている。行くのは城が見えるところまでだ」

住処を背に穂邑から離れていく深月を、しばらく穂邑は見守っていた。やがて部屋の中に戻ると、火かき棒で炭をつつき、火を消した。部屋の中は次第に闇に包まれ、窓際の月明かりの光が室内を満たしていった。

穂邑は自らもマントを羽織ると、外に出た。そして静かに、音もなく、砂丘の中を歩んで行った。深月の身を案じて後を追うのは、穂邑には自然なことだった。

凍りついたような空に、星が瞬いている。地上に吹き付けてくる風は、氷の礫のように冷たい。風をまともに受けないように口元まで布で覆うと、フードを目深に被り直して、深月は前に進んだ。

足元を砂が流れていく。遥か遠くに見える城は今まさに崩れ落ち、瓦礫の山になりつつあった。その呆気ない最後を、深月は呆然と眺めることしかできなかった。

住処では穂邑が自分の帰りを待っている。穂邑の篝火のような、蕩けた薄陽色の目が脳裏に、火花のように瞬いた。早く帰り、このことを穂邑に知らせなければならない。

今日城は落ちた。天空遥かに瞬く星は、そのことを誰に知らせるでもない。残酷なほど凍てついた宇宙の目は、ただ静かに地上を見下ろしていた。

崩れゆく城を見ながら、呆然と立ち尽くす深月の背後に、物音がした。砂を踏む音に身構えると、やがて馴染みのある影が深月の体を覆った。月は天空遥かに輝いていた。

「俺たちの求める星は何光年も先にあるようだ」

「そうだね、穂邑」

深月は城から視線を逸らさずに答える。風の音に紛れて、聞き慣れた穂邑の声は途切れがちに聞こえた。

「城が崩れていく。この地を離れる時が来たのかもしれない」

それからようやく穂邑の方を振り返り、さらに視線を穂邑の背後に向けた。

穂邑は深月の視線の先を見た。見上げた空には、凍てついた月と、星の光が瞬いている。そしてその更に遥か遠くに、自分たちの求めるものがあるはずだった。

二人が城と呼び習わしていた建物は、二人がこの地を住処と定めるよりも遥か前からそこにあった。過去の威容こそ衰えていたが、星の巡りと、その方角を確かめるためには、その城はなくてはならない存在だった。

日の入り近くになるとその古びた白い外壁が夕陽の色に染まり、赤く輝いた。夜になると、きまって城は炎を上げた。青白い、あるいは緑の強い光を瞬かせて発光し、暗い夜を照らした。

城は白い煙をたなびかせ、張り巡らされたパイプラインが銀鼠色に鈍く反射しているのが、遠くからでもよく見えた。

その姿がまるで城砦のようで、さながら主人のいなくなった、寂しい楼閣のように見えた。

「あそこには誰も住んでいやしないのに……私は今日まで、あの城が生きているのだと思っていたよ」

城が闇夜に光り輝くのを止め、崩壊していくその姿は、まさしく死そのもののように見えた。深月は悲嘆に沈んでいた。城は死んだのだと、そう思っているようだ。

「しかしそれは、さらに近くで見てみなければ分からないだろう。間近で見なければ、確かめなければ、俺は……その事実を認めないよ」

「それなら、行って確かめてみようか」

「ああ。勿論」

「私の思うように、城は死んだのかな」

「そうならないことを祈ろう」

穂邑は深月の背を手のひらで支えると、城の方角へ促した。二人は月明かりを頼りに、城へと向かっていった。城の周りは闇が濃く、周囲は次第に月の光が遮られ、薄暗く、そして黒く、闇よりもなお深い闇に覆われていった。

深月の夜の目は、微かに発光しながら穂邑にその位置を知らせた。穂邑と深月はひたりと寄り添い、なおも前に進んだ。

城のあった辺りには灰が降り積もり、冷たい錆の匂いが立ち込めていた。時折嗅いだことのない薬品の匂いがして、風に乗って消えた。

砂粒の煌めきはあくまで月の光によるものだったようだ。今その輝きは、ここでは見当たらなかった。

二人はマントを目深に被り、顔を覆った。空気が悪い。

城の内部と思われる位置に、人が倒れている。砂礫を踏みしめながら深月は前のめりに進んでいく。砂に足を取られ、よろめきながら側に寄った。かがみ込み、肩に手をやる。穂邑は手を差し伸べると、仰向けにさせて抱え込んだ。気を失っている。

「脈はあるようだ」

首筋に手のひらを当てながら、穂邑は呟いた。深月がほっとしたように息を吐く。

「ここは空気が悪い。外の風に当たれば、あるいは助かるのではないか」

「そうかもしれない。ここにいると胸が悪くなりそうだ」

「他に人はいるのだろうか」

「……いたとして、私たちは全員を助けられる訳じゃない」

深月は目を閉じたままぐったりとしている青年を気遣わしげに見た。

「彼だけでも……」

穂邑は頷くと、青年をおぶって城の外へと出るべく深月の後をついていった。

崩壊する音すら立てずに、城は砂をこぼし続けていた。深く息を吸えば、ざらざらと肺が軋むような不快な風が喉元を掠めた。