来年度のほぼ日買わなきゃ。
たびたび話題にしているが、ぼくはほぼ日手帳に日記を書いている。このほぼ日手帳、1月はじまりの通常版と4月はじまりのスプリング版がある。ぼくは後者の春始まりを愛用している。
手帳というと秋口から手帳会議なんて言葉を目にするのだが、ぼくは前述のとおり日記として運用している&4月はじまりなのでこの話題に参戦出来ない。いまのところ参戦する予定はないのだが。
今年も二ヶ月が経ち、手帳の残りも少なくなり、春版の案内メールが届くようになると「新しいの買わないとなぁ」という気持ちと「たまには違うノートを使ってみたいんだよなぁ」という気持ちで揺れる。揺れるのだが、結局はほぼ日に落ち着いてしまう。春始まりのため、切り替えタイミングが合わないのだ。
なんだかんだ10年くらいほぼ日手帳で日記を書いていて気付いたことがある。日記を書くにも続ける条件があるのだなってことだ。もちろん個人の話。こういう人間もいるんだなで聞いてね。
お気に入りの紙じゃないと続かないってことだ。ノートじゃない、紙。ほぼ日から移動できない理由の1/3はこれ。ほぼ日手帳使っているけれど、ぼくはほぼ日手帳ばんざーい!! 一生着いていくではなくて、他が見つからないから使ってるなのだ。
あと一日一頁使えて日付が入っているのがいい。一日一頁、多い日もあれば少ない日もある。もてあますのが大半ではあるのだが、書くときは埋まる。万年筆の大洗浄大会からのインク会が始まると一頁なんてあっという間だ。
日付が最初から入っているって実は結構なポイントだと思う。サボったときの罪悪感が直視出来る厳しさはあるが、自分で空白の日付をつけるのはもっと精神にくることに気付けたのはほぼ日を使ってからだ。新しいノート買ってすぐ日付書くとか、印を押すとかすればいいんだけど、それはそれ。
日付が印字されているって結構大事だと思う。ほぼ日くんにはカレンダーもあってこちらも便利。一般的な日記帳にはカレンダー印刷されてないもんな。この辺が決め手となって他の日記帳に移行出来ない。気になっている日記帳はあるんだけど、そっちは春始まりないんだよねぇ。日付の入った日記帳って通年で置いてないから悩ましい。
リミットはあと少し。スムーズに新年度版に移れるように余裕があるうちに新しいの買おうね、自分。いまは日曜始まりが公式サイト以外でも買えるようになったのマジで便利。そう、日曜始まりなのだ。うーーん、マジで移行出来ねぇ。好みがニッチだ、ニッチなんだよなぁ。