私には妹がいる。私と妹で、教育方針が違った。私は実験的に育てられた。高い期待を押し付けられ、少しでも期待に添えないと叱られる。落胆される。何をしても「勉強しなさい」とだけ言われる。褒められることなく、苦にされる。親は担任の教師に面談で「息子はいうことを聞かない」と泣きつき、私は何度も先生に叱られた。いうことよく聞いて、テストは満点。家事の手伝いもやって。何が不満だったのか。母が私をコントロールしたかっただけなのだと今では思う。欲しいおもちゃや本は買ってもらえない。買ってもらうには必ず条件が必要であった。次のテスト全部100点とか、そういうの。そして、必ず妹にも貸せ、という条件だった。父は私に無関心だった。小学1年生の頃から、家出を考えた。1年生の夏頃、夜中に外へ泣きながら家を出た。しばらく近くの公園の遊具に隠れて泣きながら一夜を過ごしたこともある。家にいたい。なのに居場所がない。私はそう思いながらその一夜を過ごしたのだ。
一方妹は自由だった。好きなことができた。好きなものを買ってもらえた。父も母も妹をよく抱きしめたし、頭を撫でた。妹は成績が悪かったけど、叱られなかった。だから私は妹のテストを入るたびに、烈火の如く馬鹿にした。ひたすら喧嘩した。両親はその喧嘩を止めることもしなかった。私は、家の中でただの厄介者だった。自立したい。家を出て自分で生活をしたい。そんなことを本気で考えたのは、小学3年生だった。
思えば辛い子供時代だったと思う。そのせいで、周りの子供達よりも早くから大人びていった。現実的な考えをするようになった。

そのおかげで、甘ったれた考えはしなくなった。勉強に精を出したわけではないけれど、自立するということにとても拘った。ニートだフリーターだ、という立場は自分には相容れないものになった。何かに甘えられる立場であったら、そう言う選択肢もあっただろう。私は親にさえ甘えられなかった。
そんな冷たい少年時代を過ごしてきたから、この本を読んだ時は金髪のダイアナに共感した。と同時に、今の私は親だ。だから主人公たちを見る目線が、親の立ち位置であったことも感じた。それゆえに、可愛い子には旅させろということわざを思い出す。
我が子を見る。最近、私は現代の親を演じないようにしている。親は親だ。友達じゃない。話は聞いてやるが、一緒に遊んだりすることを減らしている。子供同士のトラブルには首を突っ込まず、当人同士で解決するよう話している。小さなころから、社会の荒波に揉まれ、自分で生きていく力を身につけてほしい。その力は、決して親が教えてあげれば身につくものではない。自分で対応して初めて力をつけるものなのだ。
この小説内にも、そういった問題が散りばめられている。2人の主人公は対称的だ。あらゆることが。どちらが正しいとかそういう問題ではない。どちらも、それぞれの絶望的な壁にぶち当たり、彼女たちにやり方で乗り越えていく。その姿を見ていると、胸が熱くなる。込み上げてくるものがある。息子にも、いろんな困難を超えていく機会に恵まれて欲しいなと思う次第である。