やったこと
バイト
ひとこと
35を過ぎた頃から自他共に運動好きの人間になったわたしだが、運動していることを褒められるのが本当に好きじゃない。
運動しててすごいですね、偉いですね、そういう言葉でいちいち自分が好きでやっている、もしくはやらずにいられずにやっていることを、見当違いな基準で評価されているようで居心地が悪い。
世間的にやっていると良いと評価されやすいことがあるじゃない。
勉強、運動、読書、勤労、善行。とかとか。
でも、それって別にやってるといいことだからやってるわけでもないじゃん。
何が気持ち悪いって、そうやって広く世で評価されがちなことをやっていて、実際よく評価されると、ついうっかり本当に良いことをしている気分になってしまうのがよくない。
本来の自分の衝動とか欲求が薄れて、「良いことだからやる」になってしまう気がして良くない。そもそもその評価基準が正当なものなのかを疑う気すら失ってしまいそうなのが怖い。やりたいと世間的な評価が結び付いたら、問い直しなんてしないほうが圧倒的に都合がいい。
だから、世間的に良いこととされることをするときは、いつだって必ず「なんでやるんだっけ」と自分に冷や水をぶっかけている。
なんで走ってるの? 一人になりたい、頭を空っぽにしたい、精神的なストレスを肉体的なストレスで打ち消したいから。
なんでキックの練習してるの? コントロールできる範囲での苦痛を自分に与えたいから。
なんとなく、いいとみんながいっているから、が自分の行動の理由に組み込まれることがいかんせん許しがたい。
そこに溶けてしまったらもう自分を自分だと信頼できない、みたいな強迫観念がある。悲しいな。
今日の曲
雪の足跡/L'Arc〜en〜Ciel
https://music.youtube.com/watch?v=\_HrokCLZOPU&si=qOh7J-5f2EBphdke
申し送り
明日こそ走って狂気を霧散させような