※18TRIPのシーズンイベント『悪魔と花屋の1週間』のネタバレを記事内に含みます
※あんまり前向きじゃない話もする
なにもする気が起きない日だった。
土曜日。11時半頃起きる。午前中に起きられただけ上出来。
この月曜から本格的に仕事が忙しくなってきていて、繁忙は再来週の火曜頃まで続く。
どうしても毎日当日になってトラブルが発生して、その対応や差し込みの仕事がドカドカ降ってきて、本来その日にやらなくてはならなかった業務が後回しになって、夕方になってやっとなんとなく落ち着き、そこから黙々と通常業務に勤しむも、定時を過ぎた頃にまたちょいちょい業務や確認が差し挟まれてくる……みたいな感じで、忙しない。
言っても毎日せいぜい2~3時間くらいの残業だから、世の中には私よりずっと頑張っている人がたくさんいると思うと「忙しいよ~」とメソつくのもなんだか情けないのかな、みたいな自意識が微妙に己を苛む。言っちゃうんだけどね。なんか国民の義務らしいですが、私の人生の時間は勤労のために存在しているわけではないから……。
18TRIP シーズンイベント『悪魔と花屋の1週間』
上記イベストを読む。面白かった。面白かったので詳細な感想も書く。
正直いろいろ身構えていた部分もあり、そこについてはまあ想定の範囲内の描写があったため、素直にちょっと食らう。
エイトリについて、私はサービス配信開始当初から主任こと浜咲には可不可と手を繋ぎ続けてほしい、人生の伴侶であってほしい……と願っているので、なんかやっぱり、やっぱり、商業的で資本主義的な都合があったとしても、他の人と良い感じの空気になっていると……「それって良い感じの人としかしない空気感とか仕草とか話の運び方とか言葉の選び方じゃない!?」となり……身勝手ながら、落ち込む。
他のキャラクターにとっても主任が大切な存在であることはまた事実でもあるから……いかんともしがたいですね。
可不可の手を取って始まった物語だから、可不可の恋が届くことを、どうしても願い続けてしまう。
可不可、大好きだよ……。


琉糖はずっと相思相愛ですごい。ありがとう。
琉衣と糖衣の愛情が釣り合っていること、ずっと美しい。
石焼き芋の移動販売車を追う
追った。書いてて気づいたけど、別に昨日とかのえらいニュースに影響されてのことではないです。
部屋でぼんやりしていたら石焼き芋のあの販売音声が聞こえてきて、跳ねるように靴を履いて外に出る。ほんの2秒前まではベッドの上で息をするだけの芋虫であったので、石焼き芋が突き動かしてくれて助かった。
耳が悪いわけではないが、聴覚情報の処理がかなり苦手なので、「音の方向を追いかける」という行為もあまり得意ではない。
と思っているのだが、いざ石焼き芋の屋台を音を頼りに追いかけてみると、毎度意外と見つけられる。ゲームとかでこれをさせられるのはかなり苦手なんだけども。どう森のオケラとか。
石焼き芋の重みと熱を腕に抱えながら春の夜道を歩く。少し肌寒いけれど、焼き芋が温かいのであまり気にならない。なんとなく嬉しい。
歩いていると家に飲み物がないことを思い出し、そのままコンビニに入店。レジのおばちゃんが来る客みんなに雑談を振っていたけど、親しみの持てる接客でありつつも私には特に雑談は振ってこなかった。
焼き芋なんか抱えた変な女とする雑談は手持ちになかったのか、それとも私以外みんな常連だったのか、真相はわからない。
KIRINの自販機を見かけたので、限定販売されている『世界のKitchenから』のとろとろ桃のフルーニュがあったりしないかなと覗き見る。売り切れていた。まあ人気のようなので、仕方ない。
そうして飲み物と焼き芋を抱えてほくほくで道を戻ると、住んでいるマンションの真ん前まで移動販売車が来ていた。人生そんなものだ。
前にもどこかで書いたような気もするけど、石焼き芋の街中での移動販売は、上京して初めて実際に見たもののひとつだった。こういうのは田舎のほうがありそうなものなのに、なんとなく意外。
初めて石焼き芋のあの移動販売の音声を聞いたときはたいへん驚き、その興奮のまま財布も持たずに移動販売車を探して歩き回ったのだが、実際にトラックを見つけてみるとなんとあの音声はただの録音を流しているだけに過ぎないもので、ちょっとした衝撃を受けた。
自分が石焼き芋の移動販売に妙にイノセントな幻想を抱いていたらしいということを、そこで打ち壊されて初めて気が付いた。
焼き芋はうきうきで3つも買った。早速1つと少しを食べ、途方に暮れる。石焼き芋の芋は、デカい。
しずかなインターネットはじめ ほか
……というような、月報に記載するわけでもない些細な日常を書き留めておく場所として、TLの各所で使われているしずかなインターネットに手を出してみました。
シンプルでありながら欲しい文字装飾機能はしっかりあり、ありがたい。痒いところに手がちゃんと届いている感じ。こういうシンプルさってなかなか得難い。引き算の美しさって自分から最も縁遠いもののひとつなので、憧れる。
今日はそんな感じで、何故かわりとぼちぼち文字は打ってたけど、したいこと以外しないって決めてたので作業はしない。
お昼寝も2時間くらいしてしまった。とにかく疲れている気がする。自分があんまり頑張れるほうじゃないことはよく知っているので、とりあえず休めるときに休んでおこう。
毎日見るのがつらい、先行きが不安になるニュースばかりが目に入る。気持ちが暗澹とする。みんな不安だから、ネガティブな情報や太平洋戦争直前の頃の様子の話とかが流れてきて、どうしようもない不安を掻き立てられる。
生まれてこの方ずっと不景気だったけど、それと同じように生まれてこのずっと享受してきたこの豊かさが、いつ当たり前じゃなくなってしまうんだろうと思うとすごく怖い。
悪い未来しか想像できなくて、でもそういう話ばっかり目に入ってしまうのは私が不安にまかせたままそんなニュースをつい見てしまうからで、つらさもあって、あえて目先の不穏とは程遠い投稿や記事を追ったりもする。こんな誤魔化しがいつまで効くのかなと考える。
暗いことを書いてしまった。
私はエッセイや日記を読むのがすごく好きだけど、これらに限らず、やはりどんな創作も政治の影響を免れ得ないのだ、ということを日々実感している。
どうなるのかなあ。
どうなるとかこうなるとか、そんな大局は別に私に選べなくて、だから不安なんだけれど、しかし目前には暮らしがあるわけで、できる選択をしながら生きていくしかない、といつも言い聞かせている気がする。
明日の選択は映画。『レオン』を観に行く。大好きな作品なので楽しみ。
洋画だっていつまで楽しめるかわからない、という気持ちが、SNSで過剰に不安を煽られているせいなのかそうでないのか、もうあまり判断をつけられない。
作業もできたらいいな。セブンにもミスドにも寄りたい。こういうふうにぼんやり暮らしていきたいな……。