なかなか難しいな、と思う。
おそらくグレー、いや名前が無いだけでおそらくは……な人がチームに配属されてきた。
案の定求められるレベルの仕事は出来ないので、冷ややかな視線を浴びており、なまじ福祉に触れてきた身なので、つい可哀想だなと思ってしまった。
かといって甘やかしたりとかそういうのじゃなく、ごく普通に。そう普通に、普通の人と接するのと同じように接していた。
だんだんとそれにつられて周りの態度も柔らかくなっていって、嬉しいなと思った。福祉に携わる人間として、垣根を無くせるならこれ以上ない喜びだと。
ある日チームみんなで一緒に帰った。他の人は別の駅から帰るので、私とその人だけで途中まで同じ電車に乗った。
それがいけなかった。
次の日から、その人には残業が発生する業務を与えてないはずなのに、定時を超えてもパソコンを弄るようになった。ようやく退勤したと思ったら、10分15分とロッカーで荷物を整理していた。
なるべく帰宅をずらしたくて待っていたが、あまりに長すぎて埒が明かないので私もロッカーに行き、帰りのエレベーターへ向かうと、まるで見計らったようなロッカーの閉まる音と足音が後ろから聞こえてきた。
その日は階段で降りて、エレベーターの降りるタイミングを窺いながら、ゆっくりと帰った。
勘違いかな?とか、楽しかっただけなんだろうな~とか思いつつも、困るものは困る。
一緒にいた先輩が心配してくれていたが、私は性被害(じみたもの。例え方が分からないので近い言葉で称する。)自体より、それにより周りに気を遣われることが何より苦手だ。ある程度過ぎてから笑い話にする分にはなんとも思わないが、リアルタイムでそれを話して、心配されたり気を遣われたりすることが本当に苦手だ。これが別に、腰が痛くて……みたいなことに対する気遣いとかはいいんだけど、性別が絡むというか、気を遣われることにより嫌でも女扱いされる感じが苦手なのだ。
だからその場は「いやー勘違いだと思いますけどね!ビビるー笑」なんて誤魔化した。
すると翌日。シフトが休みだったのでのほほんとしていると先輩から連絡が来た。
「お疲れ様!○○さんの件、○○ちゃん(別の仲の良い先輩)に言っておいたよー!」
ちょっと待てい。
ちょっと待て。どういうことだ。なぜ広めて、なぜ報告してきたんだ。善意なんだとは思うが、わからなかった。
この時点で「き、気を遣わせる~~」という気持ちで800嫌ポイントくらい貯まっていたのだけど、翌日出社すると上長から呼び出しがあり、「小耳に挟んだよ」とこの件について話し出した。
どこで挟む耳があったんだ?と思いつつ、いや大事にする気はなくてですね…と伝えるも、「大事になる前にね」と諭された。
帰りは先輩と上長が例の人に早く帰るよう促し、ロッカーやエレベーターホールやお手洗いまで交代で見回りに行って、帰ったことを確認してから私が帰ることになった。正直、姫プみたいなことをされているのが恥ずかしくていたたまれなくて、心配してくれているのは有難いけれど、女扱いしないでほしい気持ちとでしんどかった。
身を守るためとはいえ、勝手に被害を言いふらされて勝手に守られるのも、一種のセクハラじゃないか?「配慮が必要な」「女」と思われることが何より苦痛なんだから。
と、そんな思案もつかの間。
駅に着いたのは1分前に電車が行ってしまっているような時間だったので、例の人はそれに乗ったろうと思いつつ念の為周りを確認して、ベンチに座って次を待っていた。
電車が来たので顔をあげると、横にはその人が立ってこちらを見ていた。正直、ゾッとした。
なんでいる?どこから来た?何でそんなに執着されている?
疑問が湧くよりもはやく、気付かないふりをしながら目の前とは別のドアから乗り込み、隣の埋まっている席に座り、両耳にイヤホンをつけた。
その人は同じドアから追いかけてきてこっちを見ていたが、イヤホンを付けたのを見てか、別の席に座った。
怖すぎる。心臓の止まる思いとはこのことかと思った。
実際問題、最寄りもバレている中でこんなに執着されているのは恐ろしい。
だけどあと1ヶ月近くで辞める職場で、「女」が「配慮」を求めて相談したら、ダルがられると思うし、何よりその配慮をされて気を遣われる、イコール女扱いされることが苦手なのでどうしようもない。
悩ましく感じているのはそれだけじゃない。福祉の在り方の難しさにも同時に頭を抱えている。
「普通に」接することが必要だと思う。でもそれがこういうことにも繋がりうる。じゃあどうすればいいんだと。前職のような所謂支援施設であれば、立場の違いから弁えている人が多かった。あくまでこれは支援なのだ、と理解していた印象だった。
でも一般就労の場で、同僚として入ってきた人に対して、「普通の対応」をしてしまうとこうなる以上、普通に接することのできる人が限られてしまう。
なかなか難しいな、と思う。
じゃあ善意による福祉に未来は無いじゃないかという気持ちと、単純に自分の目の前に現れた苦難とで、2つの側面からしんどいなあと感じている。
どう扱うのが正解だったんだ。人権を尊重しようとすると誰かの心が摩耗する仕組みなのって本当によくないな。
本当になかなか、難しいな。この世界、なるようにならないね。