人生は選択の連続だ。自分の思い通りにいくばかりではなくて、何かを選ぶと同時に諦めなければならないものも生まれてくる。今日のわたしの夕飯も同じだった。ラーメン屋で穴が開くほどメニューを見つめながら、究極の選択を迫られている。
「おいしいホルモン炒めがある」という話を友人から聞いて、バイト終わり近くのラーメン屋に寄った。今日はほとんど何も口にしていなかったから、約9時間の労働分だけカロリーを摂取してやろうと思って、友人から聞いた目当ての品を探す。3枚目の厚紙を捲ったところで、「ホルモン野菜炒め」という文字列が見えた。迷わず店員さんを呼ぶべく片手を空に投げかけたところで、わたしはあることに気がついてしまった。ここからが葛藤の始まりだった。
ホルモン野菜炒めには、「にんじん」というバケモノみたいな具材が混入していたのである。誰なんだ、他に非の打ち所がないほど煌めいたこの野菜炒めに唯一の泥を塗ろうと思った人間は。メニューの写真を見たところ、薄くはあるもののかなり大きめに切られた彩度の高いにんじんが皿の上にそこかしこ盛り付けられていた。わたしがこの世で最も憎むべき存在であるところの、にんじんとかいう野菜の風上にも置けない魔物が、写真越しですら私の気を悪くさせる。
しかし、しかしだ。わたしは9時間の労働の中で、ずっとこのホルモン野菜炒めにありつくことだけを楽しみに生きてきたのだ。このまま諦めてラーメンに鞍替えしていては今日のわたしが報われない。にんじんがこの世で最も忌むべき存在であると同時に、わたしにとってホルモン野菜炒めとは今最も口にしたい至高の料理と化していたのだ。体がこの味を欲していることが、自分でもわかっている。写真の中でホルモンの隙間から控えめに覗くキャベツと玉葱は、光に反射してつやつやと輝いていてどこまでも食欲をそそり、わたしはこの少し濃いタレで絡められた葉野菜を食べるためだけに生まれてきたのだと思いながら、懸命に心中でにんじんを呪う。おまえさえ居なければ…………
私の中に与えられた選択肢は4つだった。①何もなかった顔で退出する ②普通にラーメンだけを食べて帰る ③ホルモン炒めを注文してにんじんをすべて食べる ④ホルモン炒めを注文してにんじんだけ残して帰宅する ……全部無理だ。閉店までに残された30分という時間の中で、わたしひとりで決断を下すには荷が重すぎる事案だった。己の命運を懸けるべく、わたしはルーレットサイトを取り出した。①②③④を入力してくるりと回し、かちかちとゆっくり止まっていく90度のパイ図を見つめていたら、針は③を指したまま動かなくなった。これが、にんじんもホルモン野菜炒めも食べることが決定した瞬間だった。正直なところ勇気はまったくなく、いくら頑張ったところであのタイプのにんじんを食べ切れるかどうか、わたしにも分からない。しかし決まったものは決まったのだ。これは神様から与えられた貴重な機会などと思うことにして、恐る恐る右腕を上げた。あの、すみません。はあい、と間延びした店員さんの声が聞こえる。言うぞ、ちゃんと言うんだからな、にんじんも食べるんだからな、とじぶんに言い聞かせながら店員さんの方へ向き直る。
「あの、ホルモン野菜炒め、ひとつ、」
「ごめんなさい、今日はもう売り切れで」
売り切れだった。ラーメンを食べて帰った。