例えば店先でお気に入りのレモンケーキが売り切れだったとき、すぐさま他の選択肢を選ばなければならないことが、とても苦手だったりする。
*
今日は昼まで布団の上で伸びており、だらだらとシャワーを浴びて天井を見つめていたところ15時を回っていた。昨日アルコールを摂取しすぎたからか、そのまま回らない頭で夜通し人と喋っていたからか、まだ若干の睡魔を抱えたまま覚束無い足取りで玄関のドアを開けた。まぶしい。箪笥に肥やされていた青色の派手な柄シャツを身に纏い、見た目だけでも何かを取り繕ったような気分になる。鞄の中に入ったiPad Airがずしりと重い。足を引き摺るように歩いていたら、厚底が地面に引っかかって前のめりに転んだ。
石橋にあるプリン屋さんのレモンケーキが、今日は運悪く売り切れていた。いつもの少し無愛想で控えめな店員さんが、急かすように此方に視線を向けてくる。「レモンケーキって、売り切れなんですか?」大きくSOLD OUTと貼られた紙に気が付いていながら、時間稼ぎをするように尋ねる。「はい」と短く投げられた当然の返答に冷汗をかいて、無難に看板メニューのプリンと、別に好きでもないレモネードを頼んだ。わたしはこの時間が本当に苦手だった。お気に入りのレモンケーキが無いと分かったところで、ならいいですと踵を返せる図太さも、お勧めはありますかと聞けるだけの社交性もない。届いたレモネードに口を付けると、下の方が苦くてびっくりした。わたしの人生みたいだった。
苦手なことがたくさんある。人並み以上にある。初対面の人と話すこと、誰かを家に招き入れること、ゴミを捨てに行くこと、褒められた後に適切な反応をすること、隠しごとをすること、朝起きること、1日3食のご飯を食べること、唐突にかかってきた電話に出ること、皿洗いをすること、会話の中での沈黙に対処すること、箸を適切に使うこと、人と話しながら作業をすること、片付けをすること、生活に必要なもののすべてを、わたしは持ち合わせていない。簿記の計算が500円合わなくてApple Pencilを握り込んだところで、近くの席に女子高生2人がやってきたことに気がついた。ディズニーの予定を立てているらしく、思わず聞き耳を立てる。そういえばわたしは高いところも絶叫系も苦手だったなと思っていると、今度は計算が9900円合わない。大損害。「浮気してきた元彼がディズニー来たいって言ってるんだよね」女子高生の言葉に椅子からずり落ちそうになった。絶対やめた方がいい。
今日のことを振り返っていたらもう深夜3時半を回っている。空が傾き始めている。iPad Airを開いて簿記一巡の問題に取り組むと、やっと計算が合致した。引かなければならないところを足していたらしい。隣のカワウソが眠たそうな顔をしているから、ニコニコ動画から再生していた音楽を停止させる。バルーンの『花瓶に触れた』が流れていた。明日は企業の合同説明会に行く予定だったが、すべてを無かったことにして、服を買ってお笑いを見に行くことにする。いい一日になるといいな。