雨宿り
「あれ、叶さんじゃん」
ずっと同じ体勢で作業を続けたせいで、いくらか凝り固まったような身体を伸ばしながら自動ドアをくぐる。外に出た途端、聞き慣れた声がひとつ、続けてふたつみっつとポンポンと飛んできた。
「ほんとだ、叶くんだ」
「ガチ叶さんじゃん、なんでこんなところ居るの」
「久しぶりに会ってそれは失礼すぎん?」
あれよあれよという間に、愉快な仲間たちに囲まれてしまった。なんでこんなところ、って。僕が図書館に来たらダメなんか。僕だって図書館にくらい来るよ、初めてきたけど。
「や、でもほんとになにしてんの?」
「調べ物だけど」
「えぇっ、調べものぉ?」
いやそこは驚くことじゃないだろ、どう考えたって正規の使い方だと思うんだけど。おい、やめろ。なんで僕の方が異常みたいな目で見るんだって。
「すご、あたし寝たことしかない」
「奇遇やね、あたいもやで」
「や、俺はちがうけど」
「ハァ? この裏切り者!」
まるでドン引き、みたいな顔をした二人と、しれっと涼しい顔をした男が一人。よかった、二人からの矛先はどうやら僕から移ったみたいだった。
ぎゃんぎゃんと大騒ぎを始めた三人を置いて、このまま帰ってやろうと思ったのだけれど。
「で、きみたち傘ないの?」
「ねーよ!」
「逆ギレ怖ぁ……」
外を見れば、雨が降っていた。土砂降りとまではいかないものの、そこそこの量だ。こんな中に無防備に飛び出せば、一瞬で濡れ鼠が出来上がるのは明白だった。
「そういう叶さんはさ、どうなん」
「僕? あるよ?」
傘立てから、お目当ての傘を回収する。どこにでもあるようなよくある黒いシルエット。それに目印兼盗難防止用に黒猫のキーホルダーがつけてある。ぼんっと音を立てて広がったそれをみて、うん、これなら問題なさそうだ。と再確認した。
「え……えらい……ガチでえらい…」
「この傘さ、でかいから三人でうまく入って帰りな」
「えー!」
「あげるよ、風邪ひかないようにしなよ」
最初に声を上げた濡れ鼠予備軍の一匹に傘を手渡すと、三匹ともそれはもうきらきらと目を輝かせた。異常者から一転、神にでもなったかのような変わりようだ。
「ほんとにいいの? 叶くんはどうすんの?」
「僕折り畳み傘もあるから。よかったね、両手に花じゃん」
「えぇ…花かなぁ」
「あ? なんつった?」
「オイオイオイ、美女二人だが?」
「じゃ、またねー」
彼のいらぬ一言のせいで不穏な空気が流れ始めたので、巻き込まれないうちにさっさと退散することにした。カバンの中から、これまた猫のキーホルダーがついた折り畳み傘を取り出してひろげる。
後ろから聞こえてくる楽しそうな騒ぎ声たちは、強くなってきた雨音にだんだんとかき消されていった。
「ほな、じゃんけんするか」
「ぜってえ負けねえ」
「ああもうごめんって! 三人で入ろうよ!!!!」
fin.