もよりのコンビニ

ハチナナ企画
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公開:2026/2/3

 ではないが、そこそこ近いコンビニが閉店するらしい。

 そうと分からず入店し、半額シールが張られた商品の異様な多さや、スカスカになりつつある棚を見て驚いた。出る際に自動ドアに貼られた案内を見、納得すると共に非常に寂しくなった。からあげクンを買って良かった、と思った。

 食べ物を買いに行くよりも、チケットを買いに行ったり何らかの後払いをしたり、といった目的で訪れていたので、なんとも言えない気持ちになっている。もっと売り上げに貢献したらよかっただろうか、いやいや売り上げの問題ではなくオーナーさんなりの理由が何かあったのかもしれない、ここがなくなるとチケット代金はどこで支払うといいんだろう、などなど。

 二次元コードを読み取らせに行っていただけなのに(?)、たまにホットスナックやお菓子を一緒に買っていた程度なのに、なぜこんなに惜しく感じているのか。それは、オーナーらしきおじさんの接客がとても心地よいものだったからだ。

 元気いっぱいだとか、どんなお客さんとでも雑談をしているだとか、そういうタイプの接客をされているのではなかった。やり取りはいつも必要最低限だ。合計金額、レジ袋の有無、あたための有無、チケットが印刷されるまでの待ち時間、ありがとうございました、の挨拶。必要最低限だったけれど、どこか淡々としているけれど、暗さやそっけなさは全く感じない。すっきりしている、というのがより近い表現だろうか。心地よさは、おじさんの落ち着いた声のトーンや、動作の淀みなさから生まれているのかもしれなかった。

 そうだ、あのおじさんの接客が好きだったなあ、という気持ちをできるだけ長くとどめておきたくて、ここに書いた。

 いつの間にか更地になった場所に、以前どんな建物があったのか思い出せなかったり、人間の記憶なんて適当だねぇと思う。私の場合、写真を撮っても見返すときにはなぜその景色を写真に残したのか、分からなくなっているときが往々にしてある。

 結局のところ文章で残すのが性に合っているのだろうという、そんな日です。