『落下の王国 4Kデジタルリマスター』を観ました。
とても良くてちゃんと泣きました。悲しいほど美しい弱さ。弱さを受け入れ、未来へ進む気高さ。
ビジュアルは事前情報通りものすごく美しくて、本当に4Kの大スクリーンで観てよかったですマジこれほんと。
以下では、お話の好きだったところや、元ネタなど気づいたところをぽつぽつ列挙する形でまとめています。
⚠️ネタバレしかないです。
アレクサンドリアとロイ
・初めの方で、アレクサンダー大王がわずかに残った水を捨てることに対して文句をつけるアレクサンドリアがかわいすぎました。考えてみるとこのシーンは、ロイが浸りきってる「男社会の流儀」に対してアレクサンドリアが水を差していく構図になってる。そうやってちょっとずつ、ロイを苦しめる氷のような「男の価値観」をいたずらっ子の笑顔で舐めて溶かしていったのがアレクサンドリアなのかなと思いました。そりゃ氷屋さんもにっこりしちゃうよ…。
・作中現実で、アレクサンドリアが教会のパン(=キリスト教的な救済の道具)を盗んできたことを受けて、ロイが彼女にモルヒネ(=自殺の道具でありロイにとっての救済の道具)を盗ませることを考えるという流れ、見事すぎて震えました。描写が丁寧…。
・アレクサンドリアは何も知らない・何も考えてない無垢な子どもなのかというとそんなことはぜんぜんなく。むしろ父親の死や病院でのいろいろな死を目にして傷つきまくっている子どもです。英語がわからない母親に医者の話を通訳して説明する時にも、「オレンジ園で働いちゃダメ」という医者の忠告はおそらくあえて母に伝えなかったし、自分が家族を支えなければと考えて「子どもらしくない」行動をしている様子が描かれていたと思います。
・弱りきったロイが出会った、小さくて弱いアレクサンドリア。その2人を癒すのが、ロイが苦し紛れに語り始めたなんてことない「物語(虚構)」だったというのがめちゃくちゃ良い…。やさしすぎて泣く…。
・作中物語の最後で、ロイは憎むべきオウディアス提督を打ちのめすものの、トドメは刺さずにその場を去ります。でも提督はその後、事故のような自殺のようななんともいえない状況で、剣が刺さって死にました。提督を「ロイの傷つきや弱さ」の象徴と捉えるとこれは、ロイがトドメを刺さずとも時間と共に傷は自然に癒えた(=提督は死んだ)ということを意味しているのかなと思いました。
・今作は現実と虚構の二つの世界を行き来する構成なのもあって、重要な描写の繰り返しが基本2回あるというのが丁寧です。アレクサンドリアの盗みとか、仇に蔵変えする恋人とか。でもしつこいほどには繰り返さないのが、抑制が効いていていいなぁと思いました。
1915年の時代背景
・『落下の王国』作中の舞台設定は1915年のロサンゼルス。ヨーロッパはゴリゴリ第一次世界大戦中だけど、アメリカはまだあまり関与してない時期(※アメリカ参戦は1917年)。
・ロイはサイレント映画のスタントマンなので、最後にみんなで観ている映画も音無し。なのでその場でバイオリンを演奏してBGMをつけてたのが素敵でした。そういえばサイレントからトーキーへの移行期を描いた『雨に唄えば』が1920年代後半が舞台だったから、1915年はその少し前のサイレント全盛?くらいの時期だったのかな。
・アレクサンドリアの家族はルーマニア系移民らしい。1915年頃のアメリカの時代的背景を調べてみると、西欧・北欧系の「旧移民」と東欧・南欧系の「新移民」の対立が目立ってきた頃だったようです。
・ちなみにタイタニック号の沈没は1912年。イギリスからアメリカに渡ろうとしていたタイタニック号の比較的安い客室には、新移民もたくさん乗っていたらしい。
・新移民はカトリック系の人々が比較的多かったそう。ロイとアレクサンドリアが入院してたのもカトリック系の病院でしたね。
・アレクサンドリアの家族は、いわゆる新移民なんだろな。彼女の父親が死んだ理由である「怒った人たちに家を燃やされた」という話は、新移民への迫害によるものだったのかもしれない…。
キャラクターやシーンの元ネタ
・長いツノのヘルメットが印象的だったオッタ・ベンガは、作中物語の中ではアフリカ系奴隷、作中現実では氷屋さん。彼が物語の中で奴隷の身であったのは、この物語がロイというアメリカ人が語るお話だからなんだろうなと思うとなかなか仄暗いです。ちなみに「オッタ・ベンガ」の名前の由来はおそらくこの人なんだろう…
・イギリス人のチャールズ・ダーウィンと、猿のウォレス。これはその名の通り有名な博物学者がモチーフだと思います。1915年ならこの2人は「ちょっと昔」のすげー人くらいの感覚?
・彼らが追う蝶の名前「アメリカーナ・エキゾティカ」はわりと適当ネーミングでかわいい(音の響きは学名っぽいけど、属名がamericanaなのはおかしみがある)。でも考えてみると、物語の登場人物たちはインド人だったりアフリカ系だったり移民だったり、「アメリカの」「エキゾチックな」要素がある人たちなのでシンプルにそこと掛けてるんだろうなと思いました。
・霊者(ミスティック)が力を得る様子は「ケチャ」っぽい。
・あと結婚式のダンスは「スーフィー」。
・爆弾やろうのルイジはイタリア人。元ネタはよくわかりません。イタリア人は新移民に多かったらしいので、アメリカ社会の中では比較的弱い立場だった可能性が高いですね。関係ないけど『サタデー・ナイト・フィーバー』もイタリア系移民の家庭だったなぁと思い出しました。
・インド人はインド人。名前がないのが不思議。「美しい妻が攫われて、妻は夫以外のものにもならないために自殺してしまったので、夫は復讐の旅に出る」というお話は元ネタがありそうな気もするけど、よくわからない…。妻が塔から「落下」していく様が美しくてつらすぎました。
・【12/13追記】インド人の元ネタについて、「美しい妻が攫われて、夫が探しにいく」という部分の元ネタは「ラーマーヤナ」ではという考察を見ました。た…たしかにシンプルにそう…!(「妻は自殺して、夫は復讐の旅に出る」の部分に引っ張られすぎて、ラーマーヤナでは妻は死なないからちゃうかぁ…と思っていました)(死別への執着強すぎわろた)
・アレクサンドリアは響き的にエジプトやトルコあたりの名前かと思ってたけど、実際はルーマニア系移民らしいです。後々調べたらルーマニアにもアレクサンドリアという地名がありました。しらなかった。
・彼女は英語は勉強中だけど、家族の中では喋れる方。英語が第一言語じゃない5歳の女の子に語りかけるかたちでお話が進むので、全体的に英語が聞き取りやすいし分かりやすくて良かったです。epic(叙事詩)やsuicide(自殺)みたいな単語はアレクサンドリアが作中で意味を聞いてくれるし、字幕なしで見ても全然観れちゃう気はしました。
・ロイはたぶんアメリカ人?だけど作中物語でどこの人か聞かれた時に投げやりな感じで「フランス人」でいいやってことにしてた気がする(記憶違いの可能性あり)。このアイデンティティのゆるさはなんか意味ありげなようなそうでもないような、よくわからない。
・物語の敵役がスペイン人だったのがなぜなのかはわかりませんでした。ロイの恋人を奪ったのがスペイン系だったからとかかな? そういう粗い配役も全然あり得るのがこの物語の面白いところですね。
・オウディアス提督の死の描き方がミレーの「オフィーリア」そのものだったのが、なるほど感が強くてよかったです。オフィーリアも失恋に伴う心神喪失ののちに、事故なんだか自殺なんだかなんとも言えない状況で死ぬので。ロイの状況と重ねたんだろうな…。
虚構の価値を再確認できる映画
本作のように「虚構」の素晴らしさを描いた映画っていろいろあったなぁと思い出したので、メモしておきます。
・思春期の女の子と魔王の不自由なロマンスを描いた『ラビリンス/魔王の迷宮』。
・父と息子の確執の要因でもありそれを解きほぐすきっかけにもなる虚構を描いたバートンの『ビッグ・フィッシュ』。
・虚構パワーで現実世界に殴り込みをかけたタランティーノの『イングロリアス・バスターズ』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、ラージャマウリの『RRR』。
この映画も良かったよ!というのがあればぜひ「感想レター」で教えていただけるとうれしいです🕊️
以上、初見感想でした。
記憶違いや見落としもいっぱいあると思います。間違いはやさしくご指摘いただけるとうれしいです。