忮う者、光を韜う閃光に消ゆ

ジュリアン
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 鉄の味がする──

 マクレディは口の端から滴らせた血の味に不快感を示した。眼前にはその巨体をどのような構造で宙に浮かせているか分からないくらい、くすんだ青でできている全身のプレートを僅かな光で反射させた巨大なゴーレムが音もなく近づいてきている。その周りには、倒し切れていなかったフローティングアイやバラージアームが奇襲から態勢をなおし、ゴーレム同様こちらに迫ってきている。

 予想外も良い所だった。ゴーレムガルデ。このカースドノール遺跡を守る防衛機構の守衛。砦として使われていたかつての時代では竜族とやりあうにこれ程適切な相手はいないだろう。心を持たず、ただ与えられる任務を遂行するのみ命じられた、魂のない函。主亡き今となっては自分の守るべき場所に入ってきた闖入者を排除する事しか役割を与えられていない。──マクレディとフェステ。彼ら二人は間違いなくその排除される側の立場にあった。

 ここが開拓局の冒険者たちによって根こそぎ倒されてたであろうその存在がなぜ今眼前に迫ってきているかは分からない。……しかし、この場所は隠された回廊の先にあった部屋だし、広間には倒されていない敵も居る事実からして、ゴーレムガルデというのは元々一体だけではなかったのだろう。複数体存在し、そして多くは時間の経過や開拓局によって倒され、最後の一体がこの隠された場所で眠りについていた──だとしても、今は分が悪かった。開拓局によって苦しめられたと逸話が残るゴーレムガルデをたった二人だけで倒さなければならないのだから。

 そんなマクレディの焦燥感を他所に、近づいてきた巨体は背負っていたマズルをがくん、と降ろしその銃口をこちらに向けてくるやいなや、稲光を纏った輝く光弾をとめどなく放ってきた。

「当たるかっ!」突き飛ばされて身を起こしたまま膝をついていた身体を跳ね上がるように起こし、駆ける。居た場所にばしゅっ、と数発光の弾が爆ぜる音を立てた。マクレディはそのままゴーレムガルデに向かって突き進んでいく。

「下僕! 気をつけろ!」

 背後でフェステが声を張り上げる。彼はそのまま勢い止まらずゴーレムガルデに突進し、懐中に入るやいなやゴーレムの頭めがけて素早く矢をつがえ解き放った。突き上げるようにして矢がゴーレムの頭部に数発突き刺さる。

 頭部はどんなモンスターも致命傷になりやすい。ウィークアタックとしても効果がある。筈なのだが──巨体はまったく痛手を食らった様子はないどころか、突然その身から赤く光った丸い弾を周囲にばらまき始めた。数回地面を跳ねながらころころと丸い弾が転がっていく。

 なんだ? とマクレディが思うより早く、その弾が赤く輝き始めた。……瞬時にその弾が次の瞬間何をするか分かったマクレディは声をまくしたてた。

「フェステ! その弾から離れろ!!」

 彼の声と重なるようにして、広間中に散らばった赤い弾が光を放ち、どん、どん、と爆発音を奏でた。狭い室内に土煙と硝煙の匂いが充満し、周囲の視界を奪う。

 マクレディは爆発する瞬間、慌てて間合いをとったためなんとかやりすごせた。が──最初の一撃だけは回避ができずもろに食らった時どこか当たり所が悪かったせいか、左足に重心をかけようとすると足首が痛むことに気づいた。走るだけでも少し痛む。

 あまり長い戦闘はできそうもないな──そう思いながらフェステは何処だと辺りを見回すと、煙にまみれながらも近づいてくる小さな少女の姿を見てほっとする。彼女はこれといったダメージは負ってない様子だった。恐らく、爆弾が落とされる前に一度広間から回廊に戻ってやり過ごしたのだろう。

「げほっ、げほっ……ひどい攻撃じゃのぉ……これはしっかり倒さねばならぬようじゃな。下僕、ここは協力して一気に攻めるぞ。まずは雑魚共からじゃ!」

「ああ、了解!」

 マクレディは矢をつがえ弓弦を引き絞る。矢がその身を煌々と輝かせた瞬間、びゅん、とリムが撓る音と空気を貫く音が同時に放ち、衝撃波を纏った矢はまっすぐゴーレムガルデの懐中を貫いた。衝撃波はゴーレムガルデを中心に散開していたフローティングアイ数体にも当たった。

 フローティングアイは球体の遺物だ。その身はバラージアームやゴーレムガルデのようにブースターや手足といった構造が一切ないため、一度態勢を崩すと成す術なく地面に落ちるしかなくなる。まして衝撃波となれば球形でその力を分散させるのは難しい。そのため当たったフローティングアイは奇襲時同様にどしゃり、と身を地面に落とす。奇襲を受けていた一体は今の衝撃波が致命傷となったのか、身を震わせて爆発四散した。

「これでも食らうのじゃ!」

 傍らに立つフェステがぽいぽいと爆弾を投げつける。身を落とした残りの数体が態勢を整える前に彼女の投げつけた爆弾が情け容赦なく降り注ぐ。地面に落ちたフローティングアイは彼女が全て倒していた。

「ほっほっほ。どうじゃワシの力は、恐れ入ったじゃろう」

 いつもの高飛車で笑うポーズをとるフェステを尻目に、マクレディはふっと笑いながら再び走り出す。ゴーレムガルデは再びマズルを彼に向け、光弾を迸らせるように放った。が、光弾が地面に落ちるより僅かにマクレディの回避攻撃のが速かった。彼は弓を水平に持つとその傍らに向かって今にも光弾を放とうとしているバラージアームに複数矢をつがえていたものを至近距離で撃ち放つ。輝く矢は尾を引いてバラージアームの全身を貫き、耐え切れずバラージアームは崩れるようにして息絶えた。

 これで残るはあの巨体のみ。マクレディは再び走りだす。一つ所に少しでもいるだけでゴーレムガルデの光弾が情け容赦なく降りかかってくる。避けるたび左足首にちくちくと痛みが広がった。

 体を回転させ受け身を取りつつ回避を取り、隙をついて矢を放つ。どうみてもあいての主力武器はあの背中に背負ってる二つの銃口だ。ばらまいた爆弾は数からしてすぐ次の一手に回れるものではないだろう。奴の懐中で回避をしつつ攻撃を与えていれば、やがて堕ちる──そう思っていた。その巨体が仇となっているせいか、動きはどちらかといえばバラージアームよりも緩慢で、背後をとられてもすぐこちら側に向きなおす事は難しいようだった。

 マクレディが回避をしつつ矢を当てている中、フェステは遠巻きから爆弾を投げつけていた。彼女が投げるそれは見掛け倒しのシロモノではあるが、怯みを与えることによって相手の攻撃を一時止める、といった効果がある。素早くマクレディが矢を放つ合間に彼女の爆弾が当たれば、ゴーレムガルデが攻撃できる隙を与えない。見事な連携プレーだった。彼女と彼が主と下僕という関係以上に、戦闘面で互いの欠点を補う戦い方を身に着けていた。

 何度も何度も光弾を避けられ、攻撃を与えられる隙をもらえなかったゴーレムガルデだったが、さすがにその体に少しずつ亀裂が入ってきている。あと少し、といった時だった。光弾を避けた瞬間、ずっと酷使してきた彼の左足首に激痛が走ったのだ。

「っつ……!」

 足を見る余裕もなく彼は動いたが、その隙を逃すはずもなくゴーレムガルデは突然巨体を輝かせはじめると、体の中心にその身の半分ほどの巨大な光球が現れた……雷を放っている。

 しまった、と思った時にはその輝く光球がビームとなって襲い掛かってきた。マクレディはフェステに抱き着くようにして飛び、彼女の頭と体を抱えて地面に伏した。ゴーレムガルデが放ったビーム弾が頭上すれすれを通過していく。

「ま……まだあんな隠し玉を持ってたのじゃな?」

 フェステが顔を青ざめさせながら言った。しかし妙なことに頬は赤らんでいる感じがする。どこも痛めてはいない様子だった。彼は身を起こしてフェステの手を引っ張って立たせると、

「少し下がっててくれ。もう少しで片がつく」

 そういった彼の顔は普段見せない怒りに満ちたそれだった。

「お、おう」

 何も言い返せないまま彼女は下がる。彼女は薄々気づいていた。何故か彼は自分が危険に陥ったりすると身を挺してかばう事と、危害を加える相手に対してものすごく怒りを感じる事を。そういう時の彼の表情は静かな怒りとでもいうか、仏頂面で怒りをあらわにするため、薄気味が悪い……と言われることもある。恐らく、何かそれが過去に繋がる一つの手がかりでもあるのだろうが。

 マクレディはゴーレムガルデと対峙するように立った。ビーム攻撃を室内中に放った後のせいか、ゴーレムガルデはブースターから排気を吹き出しつつ再びマズルをこちらに向けてきた。

 銃口から光弾を放とうとする僅かの間に、彼はクイーバーから弓を引き抜き、矢筈を合わせて大きく弓弦を引いた。リムが撓り、その弓身を小刻みに震わせる。矢の先端が辺りを照らすかのように輝き始め、これ以上引いたら弓弦がちぎれる位引きながら、巨体に向けて照準を合わせ、鬨の声を放った。

「一網打尽だ!!」

 矢が放たれた瞬間球状の結界が張られ、矢尻を中心に球形のブラックホールが形成された。結界内に入ったモンスターはそのブラックホールに吸い寄せられ、僅かの間身動きが一切取れなくなる上にスリップダメージを食らい続ける。威力の高い必殺技だったが使える場面は限られているため、いつ使うべきかを考えながら戦闘をしなければならない。

 ゴーレムガルデのような巨体をもブラックホールはその身に吸い寄せていた。ゴォン……というゴーレムガルデの鳴き声のような、機械が軋むだけの音のような音が響く中、攻撃の手を緩めず彼は虚空に矢を放った。直後、ゴーレムガルデに矢の雨が一斉に降り注ぐ。

 結界が消えた頃にはゴーレムガルデの装甲はあちこちがひび割れや欠落していた。それでもなお、闖入者を排除しようとマズルから光弾を放ってくる。光弾の威力は最初のそれとは違い、どちらかというと息も絶え絶えの中放ってくる感じだった。マクレディは再び弓を構え、弓弦を引く。

「長く眠りについてたのに起こしちまってごめんな。……でも、これで再び眠りにつかせてやるから」

 矢の先端が光り輝くやいなや瞬時に解き放たれた。今まで射たどの矢よりも速いそれは、放たれた直後ゴーレムガルデの顔面をびしっ、と突き刺した。

 貫いた青白く輝く矢が消えるよりも先に、ゴーレムガルデの顔面がばらばらと崩れ落ちていく。崩れるうちに覆っていた装甲は黒い藻屑となり、やがて虚空へと消えて行った。……なんとか、討伐できたようだった。

 はぁ、はぁ……と、気づけば彼は自分が肩で息をしていたことに気づいた。手や脇は汗が滲んでおり、改めて強敵と戦っていたのだと気づかされる。開拓局の冒険者たちはこんなの相手にどうやって倒したんだろう。

「下僕! すごいのじゃー!!」

 フェステが駆け寄ってきた。マクレディは力なく笑って見せたが、左足首が激痛を放ち、うわっと声を上げて思わず膝をついてしまう。これは……歩いて帰るのは最早無理そうだ。痛む部位を見てみると、関節部分が赤く腫れている。

「……こりゃ歩いて出るのは無理じゃな。ワシが転送ポータルを開くから、お主はワシについてくればよい。……それよりも! 脱出より先に、あの宝箱の中身を改めようぞ!」

 足を引き摺りながら、マクレディはフェステと宝箱に近づいた。宝箱の周辺には金属部品が一つ置かれている。鋲の一つも打たれていないそれは見事な一枚の金属板だった。宝箱の中にはイマジンシードと、見たこともない形状の弓が一振り、入っていた。バファリア遺産の何かだろうか。

「依頼主の品は見つかったな。これであの十万ルーノはワシのものじゃ。ホッホッホ! さあて下僕よ、アステルリーズに帰って足を直してもらってから、あの掲示板に依頼の品を届けるのじゃ!」

 くっくっく、と下卑た笑い声で彼女はにやついている。さっきまで激しい戦闘を繰り広げていた事なぞ頭から抜けてるようだった。やれやれとマクレディは内心ため息をつく。

 他に取り忘れがないか確認してから、フェステは脱出用のポータルを設定し始めた。行き先はアステルリーズ。僅かに待った後、転送先が開いたことを確認し、二人はカースドノール遺跡を後にした。

 

 次回最終回かな?

@9412jms
元同人作家。ここではブルプロ(ブループロトコル)の二次創作を書くんじゃないかな。