変わらぬ日常から見つける偶然に、セレンディピティは微笑む

ジュリアン
·

5.

「下僕! 起きろ!!」

 頭上から甲高い声と共にばさあっ、と捲り上げる音が耳に飛び込んだ刹那、覆っていた掛布団が跳ね上げられたことで適温に保たれていた体温が瞬時に外気にさらされる。……嫌が応にも目を開けると、両手に捲し上げた掛布団を持ちながら、ニタリとこちらを見下ろすフェステがいた。

「何を呑気に朝寝をかましておる! もうあれから三日も経ったのじゃぞ? 足の具合はもう大丈夫じゃろう。怪我人をいつまでも演じさせるほどワシは下僕に対して甘くないぞ?」

 ほっほっほ、と高飛車に笑うフェステを見て、バツが悪そうにマクレディはベッドから身を起こしつつ左足首を見る。

 足首はその患部を中心にぐるりと包帯が巻かれてあった。

 

 三日前──

 マクレディとフェステは無事カースドノール遺跡からアステルリーズまで戻ってくることができた。開拓局前に置かれてあるポータルの円陣に到着するやいなや、マクレディは立っていられず足の痛みで再び膝をついてしまう。その様子を見て周りの同業者である冒険者が数人、どうしたのかと声をかけてきたおかげもあって、彼らの手を借りる形でマクレディはひとまず開拓局に入ることができた。

 そんな中、そんな彼の窮状が目に入ったのだろう、冒険者ランクの確認や管理を行っている開拓局員のミューリィが、窓口の向こう側から声をかけてきたのだった。

「マクレディさん、フェステちゃん、どうしたの?」

 声をかけつつ、彼女はこちらに早歩きで近づいてくる。ひとまずマクレディはここまで肩を貸してくれた冒険者達に礼を述べた。冒険者たちは気をつけろよ、とマクレディにめいめい声をかけたり肩を叩いたりした後、開拓局から出て行った。

「ミューリィ、良い所に来たな。下僕の足を見てやってくれないかのう。遺跡内で怪我をしてしまってな」

 フェステがマクレディを親指で示しながら言う。

「……見てやってくれないかって、私はそういう仕事をしてるんじゃないんだけど。……その様子じゃ歩くのもままならないわね、駐在してる医師がいるから彼らに声をかけるわ。ついてきて」

 ミューリィは彼女と彼を交互に見ながらそう言うと、先ほどまで立っていたカウンターの内部と外部を隔てる仕切りを開けて、二人を招き入れた。

「医師か……よもや彼らに世話になる日が来ようとわな……」

 隣に立つフェステがげんなりした様子で声を出しているが、マクレディとて内心穏やかではなかった。

 冒険者を管理、統括している開拓局を名乗るだけあって、危険と隣り合わせの冒険者をサポートできるよう主要都市にある開拓局には駐在する医務員が数名控えているのは冒険者の誰もが知っていたが、実際に利用する者はそう多くはない。それは大体の場合治癒魔法を使える者同士でパーティを組んで探索に出ることが多いからという点が一つと、大体の冒険者は生体賦活剤としてアイテムショップ等で売られている回復薬を常備しているからという点がもう一つ。

 医師に世話になる場合はそれら以外の条件を満たした場合──即ち、今回のような予想外の強敵と戦わないといけない場合──等で利用すると聞くが、そういった場合は大体察しが付く。……致命傷を受けたか、瀕死の状態か、またはそのどちらかであるという事。

 そういういわくつきなだけあって、本来なら利用なんぞしたくないというのが冒険者達の通説であったが背に腹は代えられない状態のため二人は意を決して開拓局の裏手に入った。

 中に入ると細長い通路が奥へと続き、通路をから枝分かれするように部屋の扉が並ぶだけの簡素な造りだった。一番手前の扉だけ開いていたため二人は顔を覗かせると、先についていたミューリィがその場に居た人物と一言二言言葉を交わしていた。

「マクレディさん、この人に診てもらってちょうだい。私は持ち場に戻るから、後はよろしくね、フェステちゃん」

 手をひらひらと振って彼女は部屋から出て行った。残された二人と、向かい合うように立っている男性はしばし互いを見合うように立っていたが、

「まあ座ってください」

 椅子を勧められ、マクレディは促されるまま椅子に座った。と同時に医師は彼の左足をぐいっ、と水平になるように持ち上げた。

「な……」

 何をするのか、というより先に医師はマクレディの履いていた靴をすぽっと脱がせ、そのまま患部をしげしげと見つめてくる。

 不快感をあらわにするマクレディを他所に、事もなげといった様子で医師はぽつりと「捻挫ですねー」言った。

「恐らく足首を捻ったんでしょう。包帯で固定してから治癒をかけておくんで、二、三日はこのままでいてください。腫れが引けば元通りに歩けます。それまでは包帯を外さないように」

 説明しながら医局員は手際よくマクレディの左足首に包帯を巻いていったが、結ぶ際にぎゅっと固定するかのように強く縛られたため、思わず低く唸り声をあげてしまう。しかし医師はそんな様子を気にもかけず、足首を固定したのち両手を患部に載せてから治癒魔法をかけた。ふわっと足が軽くなる感覚に、マクレディはようやくほっとしたのか、それまで強張らせていた表情が穏やかになっていく。

 お大事に、と医師に言われて二人やや呆けた様子で部屋を出た。マクレディは先ほどと違って歩くことはできるものの、包帯で固定されているため足首のスナップがうまく動かず、片足だけ不自然な歩き方になってしまっている。その様子を見てフェステは後ろ頭をかきながら、ぽつりと言った。

「港の掲示板に報告を書くのはお主の足が回復してからにするかのう」

 しかしマクレディは首を横に振った。

「……いや、歩きにくいけど、さっきと違って歩けない訳じゃなくなったし、このままあの掲示板に行って報告をしておこう。いつ依頼人がそれを見るか分からない以上、一日も早い方がいい」

 戻ってきたときは夕方だったが、治療を終えて外に出た時は既に辺りは暗く、町中は煌々と街頭や家々が灯り始めていた。あちこちで夕餉の支度が始まったのか、居住区域の方からいい匂いが漂い始めてきている。それにつられたのか、フェステの腹がぐきゅ~……と鳴った。思わず彼女は赤面してしまう。

「……無事遂行したとはいえ、まだ依頼者から金は貰ってないからのぅ……早いとこ美味い飯にありつくためにも、お主の言う通り、さっさと掲示板に貼り付けてきた方がよさそうじゃな……あー、腹が減った……」

 とぼとぼと前を歩くフェステを見て、マクレディは思わず彼女の頭にそっと手を載せ、髪を撫でた。気づいたのかフェステが顔を赤らめながらわしを赤子扱いするでない、と下僕と毒づいてくる。しかし彼はなお彼女の頭を撫でつつ、

「下僕に免じて、今日は俺が飯代出すから。フェステは食べたいものなんでも言ってくれ。疲れただろう」

 その言葉にぴくりとフェステの角が動く。ちらりとマクレディを一瞥すると彼女は頭を数回振って撫でる彼の手を振りほどき、向き直る。頬は相変わらず赤らめたまま、

「い、いいじゃろう。下僕がそこまで気遣うなら、主はその思いに応えねばならんな! ホッホッホ! そうと決まればさっさと掲示板に依頼主の伝言を載せてくるのじゃ! そのあとコイン亭でうまい飯を食うぞ! 下僕の奢りでな!」

 先ほどの心細いしゃべり方と打って変わってご機嫌がよくなったのか、フェステは開拓局前のポータル迄駆けて行った。走れないマクレディは苦笑しながらゆっくりと後を追う。

 何はともあれ彼女のご機嫌が治ってよかった、と彼は内心ほっとしていた。……が、自分の財布に幾らルーノが遺されていたか確認するのを忘れていたことに気づく。フェステが食べれる分の食事代は残されているといいのだが。

 二人は港近くのポータル迄飛んでから、歩いて港に降りる階段の近くに置かれている掲示板に近づいた。マクレディは腰のポーチから依頼が書かれた紙を取り出すと、これまたポーチから取り出した木炭を削ったものでさらさらと書きしたため、一番手前に貼り付けた。──“目的の素材を手に入れた。追って連絡を乞う”

 そう書き残したそれを見て二人は頷き、夜の雑踏へと紛れ込んでいった。

 

 ……それから二日間、マクレディは殆どアステルリーズの外には出歩かずコイン亭で療養していた。フェステは彼にかわって一日おきに掲示板に何か動きがあるか見に行ってくれてたようだったが、昨日の夜までの時点では特に変化は見受けられなかっらしい。──そして三日目が経った今。

 文字通りフェステによってたたき起こされたマクレディはベッドから起き上がり、足を床につけた。……痛みは感じない。包帯を緩めてほどいてみると、三日前には赤く腫れていた部位はすっかり元通りになっていた。重心を左足に向けても、痛む様子はみられない。

「やっと痛みが引いたようじゃな、下僕。朝飯を平らげたら港に行くぞ、依頼主の回答が来てるかもしれん」

 腕を組みながらその様子を見ていたフェステは、そう告げると部屋から出て行った。マクレディが着替えるのを外で待つのだろう。

 彼はベッド脇に置かれている正方形でいくつも間仕切りされた箪笥の一つから身に着ける衣装を取り出し、素早く着替えると部屋を出た。二階と一階に繋がる階段の踊り場ではフェステが待っており、二人は階下に降りていくと、

「Good Morning! ようマクレディ、足の怪我はよくなったか?」

 一階のカウンター内側で突っ立っていた金髪の青年が軽やかに声をかけてきた。

 彼はジェイクといい、アステルリーズの冒険者の中でトップオブトップの異名を持つ開拓局の中でもランカーとして上位に君臨している凄腕の冒険者だった。訳あって現在はコイン亭の亭主を任されているため、殆どと言っていいほど探索に出向いたりはしていない。それでも彼の人望や功績を称える者がここを訪れるため、コイン亭は連日賑わいを見せていた。また彼はマクレディを開拓局の冒険者として後見人も引き受けていたため、マクレディにとっても恩義のある人の一人でもあった。

「おはよう、ジェイク。おかげさまで何とかなったようだ。世話になった」

 マクレディが礼を述べると、彼はチッチッと舌を鳴らしつつ、人差し指を左右に動かして見せ、

「No problem. 後輩の面倒を見るのも先輩の務めだぜ。ともあれ今日から行動再開だな! 朝ごはん、食うか?」

「勿論じゃ。腹が減ってはなんとやらと申すじゃろう。さっさと二人分持ってこんかい」

 フェステの物言いは慣れ親しんだ間柄だからこそもあるだろうが、普通の人ならむっとしかねない言い方も、彼女が言うと憎めないといった感じに受け取られてしまうのも、フェステの魅力の一つだろう。言われた当人のジェイクははいはい、とそんな彼女をあしらう様子でカウンターの奥に引っ込んでから数分後、盆にのせた皿をふたつ、カウンターで座る二人の目前に置いた。

 温かく湯気が立ったそれは煮込みのようだった。昨晩出した料理の残りだろうが、味が具材に染み込んでておいしい。続いてパンがいくつか載せられた籠をジェイクは二人の前に置いてくれた。

 朝というのも手伝って、店内には二人以外、背の低いテーブルや椅子にも使うべき客人の姿はない。コイン亭は一応名目上では昼は食事、夜は酒場として賑わう大衆食堂のような位置づけだが、朝は殆どと言っていいほど人が来る様子はない。入口のガラス戸の向こうには町人や商人が行き交う姿が見て取れる。

「そういや、二人はミューリィに世話してもらったみたいだな。お前達の先輩として、後で礼を言いに行くとするよ、後輩を助けてくれてThank You! ってな」

 煮込みをパンに浸しながらマクレディはこくりと頷くが、フェステはそんなジェイクの態度に何か裏を感じたらしくニタリと笑みを浮かべ、

「大方彼女に会いに行く理由を作っただけに過ぎんじゃろうて。そんなこじつけをしないと彼女に会いに行けんのか? お主もそういうところは奥手じゃのう」

 図星を突かれたのかジェイクは慌ててそんなことはないと弁明をするも全く説得力がない。そんな顔を青くしたり赤くしたりしながら言い訳を述べるジェイクを他所に二人は朝食を平らげると、ご馳走様と礼を述べてコイン亭を出た。

「さて下僕よ、港に向かうぞ! そろそろ依頼者が追って連絡を書いてるかもしれんしの」

 フェステの声にマクレディは頷き、コイン亭前にあるポータルの円陣まで歩くと二人は港付近のポータルを指定し、一気に移動した。

 

 件の掲示板に近づくと、見慣れない紙が張り付けてあるのに気付いた。近寄ってみるとそれは当初の依頼書に書いたマクレディの字の下に重ねるようにして紙が貼られてある。

 マクレディがその紙を画鋲から外して中身を改めてる間、フェステは彼が読むのをやきもきした様子で何が書いてあるんだ、交換場所の指示はあるのかと聞いてきた。読み終わったのち、マクレディが彼女に向かってこくりと頷いて見せる。

「指定した場所が書かれてあった。……日時は今日の正午、場所は踊る舵輪亭だ」

 目を輝かせていたフェステだったが、すぐにん? と怪訝そうな表情を浮かべたのち、

「……正午? 今はまだ10時ころじゃから、あと二時間後、ってところか。依頼主がどんな奴か分らんが、先に踊る舵輪亭で待ってた方がよさそうじゃな」

 言いながらフェステは空を仰いだ。港から吹く海風が二人の髪をなびかせている。正午にはまだ早い太陽が空の真上よりやや東側でその光を地上に降り注いでいた。

 そうと決まれば、とマクレディはマウントイマジンを召喚した。エアボードにひらりと乗ってフェステの手を取る。彼女は相変わらず気恥ずかしそうに彼の後ろに乗って、いつものように彼の足を抱えるようにして立った。

 彼女の位置を確認してからマクレディはエアライダーをロケットスタートした。潮騒が聞こえる海沿いの街道をぐるりと回り、港と反対側にある踊る舵輪亭へと向かう。

「足はもう平気みたいじゃな。下僕」

 エアライダーを軽やかに操作する様子を見てフェステが言った。何だかんだ言って彼女はマクレディを心配してくれていたのだ。彼に代わって毎日掲示板に行っていたのもその理由の一つだろう。

「そうだな、ありがとう」

 エアライダーを操作しているため顔こそ向けてないが彼ははっきりとフェステにそう言った。

 海沿いの街道を抜けて居住区へ通じる階段を駆け上がっていくと、不等辺三角形をしたビニールシートで作られた屋根が点在する屋外カフェテリアが見えてくる。その下には立ち飲みができるように樽型のテーブルが置かれてあり、眼前はビーチが広がる美しい光景を見ながら食事や酒を嗜むことができるようになっていた。その奥に建つ二階建ての大きな建物、それがこのアステルリーズの中でも比較的大きめの大衆酒場“踊る舵輪亭”であった。

 二人は建物の前まで着くとマウントイマジンをイマジン装置に戻し、地面に降り立つ。屋内に入ると二階から奏者が奏でるメロディーが耳に入ってくる。踊る舵輪亭は常に吟遊詩人が数名控えており、客のリクエストにもある程度応えてくれるのだとか。そのため彼らの前にはおひねりのようなものを入れる小箱がテーブルに置かれてたりもした。

 店内に入ってみたものの、見回しても依頼者然らしき人物は見当たらない。ほとんどの客は二階で吟遊詩人の弾く音色に酔いしれつつ朝から酒をかっくらう常連客ばかりだった。フェステと手分けして屋内を見回ったものの、彼女は首を横に振っただけだった。

「まだ正午より少し早いし、これから来る奴を注意深く監視しておくのじゃ、下僕」

 そうするしかあるまい。二人はいったん屋外に出て、立ち飲み用のテーブルの一つに陣取って待つことにした。フェステは背が低いためテーブルに手を載せるのがやっとという状態だったため、テーブルの柱に凭れるようにして入口を見ていた。そうこうしている間に太陽は徐々に真上へと近づいていく。

 もうじき正午だな……と思って入り口を見ると、港町に似つかわしくない全身フードを被った男──背格好からして女性とは思えなかった──が一名、躍る舵輪亭の入口に立っていた。何かを探しているのか、首を左右に振っている。

 マクレディとフェステは互いに目配せをすると、背後から男にゆっくり近づいた。

「のう、お主」

 口を切ったのはフェステだった。背後から突然声をかけられたのが余程驚いたのか、男はうわっ、とのけ反るようにして前につんのめりつつ、体勢を戻してこちらへ向き直った。

 男が向き直ってすぐにマクレディは嫌な予感がした。彼の身なりが商人でもなければ町人でもない、どちらかというとジプシー崩れのそれであったからだ。フードを目深にかぶってるせいで目元は見えないが、口は無精ひげが生え、フードと同じ分厚い布──襤褸と言ってもいい──を全身に被っていたからだった。振り返った相手の様相を見て、フェステも思わずたじろいだが、声をかけた以上止めるわけにもいかず、

「……依頼主というのがお主か? これを書いたじゃろう」

 これ、というのは依頼書の事だと思って、マクレディは腰のポーチから先ほど掲示板からはがした手書きの紙と、最初に貼ってあった依頼書を差し出した。男はフードを外そうともせず、こくりと頷くのみ。

「そうだ。……古代甲冑の板金を渡してもらおうか」

 低く抑揚のない声だった。マクレディが荷袋から取り出そうとするも、フェステがそれを手で制す。

「それよりも、報酬を先に支払ってもらおうかのう? 失礼なことを承知で言わせてもらえば、お主はどうにも十万ルーノなんぞを持ってるように見受けられんからの」

 小娘如きに、と激高されてもおかしくない状況ではあった……が、男はそんなことか、といった様子で懐から袋を取り出すと、無造作に床に投げ出す。どすっ、と鈍い音を立てて落ちた革袋をフェステが改めると、中にはルーノ金貨がぎっしり詰まっていた。マクレディの傍らで立つフェステの目が輝いてるのが見える。

「さあ、これでいいだろう。素材を渡してもらおう」

 再び抑揚のない声で男は言った。フェステは金に見惚れていたため、マクレディは黙って荷袋から素材を取り出し、男に差し出す。キラキラと陽光を浴びて玉虫色に輝くそれを見て、フードの奥の目がきらりと光った……気がした。

「確かに。……ところで、お前は冒険者か?」

 約束の品を渡した事で相好を崩したのか、突然男の方からマクレディに声をかけてきた。素材を受け取る前の抑揚のない声のそれではない。

「……そうだが? たまたまあの掲示板でこの依頼を見つけたんだ」

 なんであんなところに書いたのかは問わない方がいいだろう、そう答えると、男はさらにとんでもない事を言ってきた。

「なら依頼ついでにもう一つ頼まれてくれないか? 天球錬成儀でこの素材を放り込むと武器が作れる、という情報を得たんだ。俺はどうしても……どうしても武器を作らなくちゃいけない。だからそこまで連れて行ってくれ、頼む」

 まくしたててくる男の剣幕に異様さを感じたのか、金に見惚れていたフェステが怪訝そうにマクレディを見る。フェステの目はこう言っていた──怪しいから逃げろ、と。

「あ、いや、そういうのはちょっと……」

 誤魔化しながら逃げようとするマクレディを、離さんと言わんばかりに男ががしっ、と彼の腕を掴んだ。……その時、男が被るフードの裏に隠された武器がちらりと見え、マクレディははっとした。

 腰に帯びていた武器らしきものは、やや小ぶりの、刀身の先端が湾曲している剣鉈だった。イージスファイター等の持つ片手剣と大盾とは違い、こちらは雑草や小枝などの伐採等で使う、戦闘経験がない一般人でも扱える武器である──そう、“山賊”でも。

「お前……山賊か?」

 マクレディが言うと男は狼狽した様子を見せ、慌てて掴んでいた手を離してフードの中に引っ込めてしまう。フェステは状況が掴めていないのか、目を丸くしてマクレディと男を交互に見ていた。

「なんで……なんでアステルリーズに山賊が紛れ込んでおる? お主本当に山賊か?」

 身分がばれたと思ったのか、男はじりじりと後ずさりしながら逃げようとした。が、今度はマクレディが男を捕まえる番だった。フードの端を掴んで引き寄せ、そのまま腕を捻るように背中へ回すと、男はじたばたと暴れ始めた。

 見かねたフェステが男の目前に立ち、

「山賊如きがワシら冒険者に依頼をするなぞ、大したご身分じゃのう? 警備兵に突き出してやっても良いのじゃぞ?」

 気味の悪い笑みを浮かべる彼女を見て、男はがくりとうなだれてしまった。抵抗する気も失せたようだった。

「やれやれ、山賊から依頼を引き受けるとはな……道理で開拓局に依頼を通せない訳じゃ。下僕、こやつを警備兵に引き渡してやるがよい。少しは金ももらえるじゃろう」

 マクレディが抵抗させまいと、男の腕をぐっ、と背中に当てると痛い痛い、と男は叫びながら、

「ま……待ってくれ、俺の話を聞いてくれ!!」

 懇願するように言ってきた。どうする、と言いたげにマクレディはフェステを見る。彼女は疎ましげに男を見ていた。話なんぞ聞きたくもない様子だった。

「なぁ、フェステ。俺達もこいつに関わっちまった以上、こいつがなんであんな形で依頼を出したのか確かめてから、警備兵に突き出してもいいんじゃないか?」

 マクレディが提案すると、彼女は逡巡する様子を見せたのち、ため息をついてから「……まあ、山賊如き身分が十万ルーノを持ってた理由も聞きたいしの」と言ってくれた。

 さすがにここでは目立つため、マクレディとフェステは男を引き摺りながら踊る舵輪亭の裏手へ回った。人目がつかない場所までくると、掴んでいた手を開放してやる。男は逃げる気なぞとうに失せたのか、その場にへたり込んだ。

「……じゃあまず、なんでこんな依頼を出そうとしたのか理由を聞こうかの」

 男は力なく頷くと、暑かったのかフードを脱いだ。あらわになった姿は皮鎧に身を包み、腰には剣鉈を帯びた山賊の姿があった。リッツェ等の交易路では頻繁に出没し、行商人などを襲っているという話をちょくちょく耳にしている。髪はぼうぼうに伸びたのを麻縄で括っているだけで、顔もまた無精髭が点在するように伸びていた。

「信じてもらえないかもしれないが……俺はあんた達と同じ境遇だった。つまり、冒険者だったのさ。かつてはここで他の冒険者たちとランクを上げるために切磋琢磨していたんだ。……どうにも自分の能力じゃ限界を知って、今じゃこの有様だがな」

「冒険者じゃと?」フェステが声を上げる。男は力なく笑ってみせた。

「もっとも、あんた達みたいな凄腕の冒険者には到底なれなかったからこそ、行き場がなくなった俺は山賊となるしか方法がなかったのさ。依頼を受けてもまともに遂行できず、かといって食うには金が要る。この町で生きていくには俺の能力じゃ歯が立たなかった。けど……」

 男は先ほど、マクレディから受け取った古代甲冑の板金と呼ばれる素材を握りしめて「……新しい武器を作って再び冒険者登録をしなおせば、もしかしたらやり直せるかもしれない。そう思ったんだ。

 本当は山賊稼業だって嫌だったんだ。人を襲って金品をせしめる、一見楽だとおもうが俺の罪悪感は拭えなかった。だから山賊から抜けようと決めた。……けど、それには武器が居る。

 そんな中、この素材を使えば強い武器が作れると交易商が喋っていたのを耳にしたんだ。その商人はその直後襲っちまったから、本当か聞いた時点ではわかって無かった。けどそれがもし本当だったら。……そう思って依頼を出したんだ。

 けど、開拓局を通すと身分証明とかが必要になるから依頼は出せない。考えた結果、掲示板に貼りだせば誰かが見るだろう……そう思ってこの依頼を出したんだ。そしてあんた達が依頼を遂行してくれた」

 男は誇らしげに二人を見たが、二人はちっとも嬉しそうではなかった。

 依頼主に関しては基本的に問わないようにはしているが、山賊に依頼されてのこのこ遂行した、なんて笑い種になるのが落ちだ。

 嫌な予感がして、フェステが十万ルーノの出所を聞くと、男──山賊はあっさりと襲撃した商人から山賊仲間と分けたルーノを貯めていた、と事も無げに語ったので、二人は何とも言えない表情を浮かべてしまう。

「そういう事だから、お願いだ。俺がもう一度冒険者に戻れるよう助けてくれないか。頼む!」

 祈るように手を合わせて懇願してきたが、マクレディもフェステも言い出せずにいた。それは……

「お、お主の気持ちは分かった。冒険者に戻れるようワシらも応援しておこう。……じゃが、その、その素材一つでは武器は作れんぞ?」

 フェステが言うと、男は祈りのポーズから一転し、「え?」と拍子抜けた声を上げた。マクレディは困ったような表情を浮かべ、

「彼女の言う通りだ。武器を作るのは天球錬成儀で作れるのは間違いないが……その素材一つだけで作れはしないし、別の素材も要るだろう。ぬか喜びさせて申し訳ないが──」

「ならもう一度……いや、もう何回かカースドノール遺跡に向かってくれないか?! 報酬ははずむから!」

 マクレディの言葉にかぶせて山賊はまくしたててきたが、これにフェステの怒りが爆発した。

「あほか! ワシらは二度も三度も山賊の依頼を受けるほど落ちた身ではないわ! 他を当たるがよかろう。最も、お主が山賊と知って依頼を受ける冒険者なぞ居るとは思えんがな?」

 びしっ、と人差し指を山賊に突き立てながら口調激しく罵るフェステ。男はそんな……と、困った表情を浮かべていたが、何かに気づいたのか表情を一変させ、マクレディの背後を指さした。それはどうやらカースドノール遺跡の宝箱から見つけた弓を指さしているらしく、

「ちょっと待て、あんたが持つその弓……もしかして、俺が欲しがっている武器の一つじゃないか? 頼む、それを俺に譲ってくれ! ルーノならいくらでも払うから──」

 それが限界だった。フェステとマクレディは互いに目配せをすると、男をその場に置いたまま素早く去った。背後で男が逃げるな、話を聞け、とまくしたてていたが、聞こえないふりをして二人は町中へと駆け出していく。

 ……マウントイマジンに乗って立ち去ればよかった、と気づいたのは、開拓局前まで一心不乱に走ってきた後のことだった。男の姿は見えず、追ってくる様子もなかった。

 

「あらあら、そうだったんですね、そんなことが……で、その山賊になった元冒険者さんはその場に置き去りにしたんですの?」

 すっかり夜の帳が落ちたアステルリーズ、コイン亭──

 コイン亭でバイトをしながら“社会勉強”を励むエーリンゼがくすくすと笑いながら、フェステが話す今回の依頼の顛末を聞き入っていた。エーリンゼの身なりはそこらのウェイトレスと同じようなメイド服に身を包み、手には銀製の盆を両手で抱えるようにして持っている。すっかり夜の顔となったコイン亭は常連客がめいめい、好きな椅子に座って酒や酒の肴を嗜んでいた。

「ああ、もうワシも下僕も限界じゃったしな。あんな人を頼るばっかりで自分から動かん奴なぞ、それ以上関わるとロクなことにならんと思ってな……全く、美味い飯も不味くなるわい……盗んだ金なんぞをワシに渡してきおって……」

 げんなりする表情を見せるフェステを、エーリンゼはにこにこと笑みを浮かべながら、「でも、お金はちゃんと持ってきたんでしょう?」とにべもなく突っ込んでくる。天然と言えば天然なこのバファリア神族の彼女はおっとりとした性格と思いきや、突っ込むところは容赦なく突いてくる。

 うっ、とフェステが返答に窮していると、

「エーリンゼ、もう一杯!」

 テーブルの方で高らかに声を出してきたのは、酔っているのか頬を赤く染めたマクレディだった。彼の隣には誰とも知らない町民の青年が一人、青ざめた様子でマクレディと同じソファに座っている。おおかた、彼に呼ばれて同席にしたら愚痴を聞かされて困っていたのだろう。マクレディは酔うと誰彼構わず愚痴を吐く事で常連客の間では恐れられており、彼らはマクレディが飲んでいる際はつかまらないように細心の注意を払って飲んでいるのだった。

「マクレディさん、飲みすぎですわよ。……でもフェステさんから聞きましたわ。今日は大変だったそうですわね。酒精で嫌なことを忘れるのも良い事とは思いますが、あまり飲みすぎるとフェステさんに怒られますわよ」

 言いながら彼に追加の酒が入ったグラスを差し出す。エーリンゼが来たと同時に彼の隣に座っていた青年が逃げるように立ち上がってその場を離れていった。マクレディの愚痴に付き合わされてほとほと困っていたのだろう。

「わかってる。……でも俺はどうにも許せなかったんだ、あの山賊が」

 酒を受け取りしな、マクレディはしんみりとした様子でと言った。おや、と思ったのかエーリンゼが彼の横に座る。彼女がフェステの座るカウンターに目をやると、気になったのかフェステも横目でこちらを見ていた。

「許せなかったとは?」

「……わからない。けど、俺とその山賊は……なんか、似てる気がしたんだ。山賊となって落ちぶれてたのに、その身分から抜け出そうとしない点が、なんか知らないけど俺にはすごく腹が立って……」

 言いながら、グラスに入った酒精を飲もうとせず見つめている。その中に自分の記憶が沈んでいるかのように。

「マクレディさんは、自分の記憶を見つける旅をしていらっしゃったんでしたわね。そういう気になるところが、記憶を見つける手掛かりになったりするかもしれませんわね」

 笑みを浮かべて会釈をしてから、エーリンゼは他の客から注文を取るべく席を立った。彼女の背中を目で追いながら、いつか自分が記憶を取り戻したとき──その時、俺はどうなるのだろうか。そう考えていた。

「考えても答えが出ぬものを考えあぐねるのは時間の無駄じゃぞ、下僕」

 テーブルの正面にフェステが仁王立ちで突っ立っていた。

「……ただでさえお互い、後味が悪い金を使って酒を飲んでるんじゃ、しみったれた飲み方じゃなくて豪快に飲むがよい。……ただし、酒癖の悪さにかまけて常連客に絡んだりせんようにな。店の商売が上がるとジェイクが怒るぞ?」

「Hey! 人聞きの悪い事言わないでくれよ、亜人のお嬢ちゃん! トップオブトップの俺が客に怒るなんて噂立てられちゃ困るぜ!」

 聞き耳を立てていたのか、カウンターに立つジェイクまで声を上げてくる。……そんなやり取りを見てマクレディはふふ、と笑った。

 自分があの山賊を見て、何を思い出そうとしていたのかはわからないままだが、いつかこの旅の先に記憶を思い出す事があるかもしれない──それまではここに居よう。フェステの隣で、彼女を支えつつ俺もまた支えてもらおう。

 注文を取ったエーリンゼがジェイクに声をかけ、彼はぶつぶつ言いながら厨房の方へと歩いていく。フェステは再度カウンターに座ると、マクレディの方を向き、

「下僕、これ美味いぞ。酒ばかり飲んでないでお主も食うがよい」

 声をかけられたマクレディは、頷いてグラスを片手に持ちながら席を立った。フェステの隣に座り、夕餉に舌鼓を打つ。

 賑やかなコイン亭から立ち上る煙は、夜空を青白く煌々と照らす月光に溶け込むように消えて行った。

 

 

 長いですね。ここまで読んで下さりありがとうございました。

@9412jms
元同人作家。ここではブルプロ(ブループロトコル)の二次創作を書くんじゃないかな。