交易都市アステルリーズ──
マグナ大陸中央部に位置する、地域で最大の交易都市、と言われている。……言われている、というのには理由がある。
一つはこの説明は第三者からの受け売りである事、もう一つはこれから登場する人物達がこのアステルリーズという都市に来た理由が交易を行う行商人や隊商の一員ではない事。
アステルリーズと呼ばれるこの都市が交易都市、と謳われるだけあってか、町中にはあちこちに品揃えが違う店舗が点在し、都市のメインストリートや、それ以外にも点在する小さな通りが都市の区画を舐めるように這っている。通り沿いには数々の物品が並び、通りによって品揃えが変わっているため、あちこちを歩いてみて回る分には飽きさせない作りになっている。そんな商人の行き交う街なだけあってか、この都市で欲しいものは手に入らない事はないらしい。
都市全体は元々が島を切り出して作られたらしく、広大な土地ではないこの都市の構造は階段や道路を駆使した多重構造となっており、最下層は砂浜が広がるビーチに繋がっていて、季節を問わず海辺に出られるし釣りも楽しめるアミューズメントスポットとなっていれば、一つ階層を上がれば都市に住む住人の居住区となっている。居住区にはいくつか分かれていて、一般層と富裕層によって住む地域が分かれている。
居住区を抜けると交易都市の呼び名に相応しいメインストリートを中心とした商店街が立ち並ぶ交易エリアが広がる。メインストリートの終点には冒険者と、彼らに依頼を願う者たちの橋渡しとなる役割を担う開拓局が見えると、開拓局周辺には冒険者が使う施設やイマジン研究所、少し離れた場所には武器防具を精製する天球錬成儀があった。ここで集めた素材を錬成して新たな武器を作成する冒険者で賑わっていた。さらにその階層から上がると、マグナ大陸全体で信仰されているバファリア教の巨大な尖塔が聳え立つ神殿が鎮座しており、さながら神殿は階下にある街を見下ろす役目となっている。
そんな商人の街アステルリーズだが、一方で冒険者の数も多く、開拓局は常時その窓口を開け放っている。地方最大の都市の開拓局なだけあって、この街に常駐している冒険者も多い。冒険者、と一口に言われているが、便利屋と呼ぶ声もある。それは金を払ってトラブルを回避したり、はたまた危険地帯にある食材や錬成素材を拾ってきたり、中には密偵のような勅命を受けて行動するものもいる。そういう幅広い依頼を受ける者達を総称しての事だろう。
もちろん彼らの大元は民間人だ。若者が一躍名を轟かせようと開拓局の門戸を叩く者も多い。しかしながら冒険者ランクを上げていくというのは並大抵の事ではなく、最終的に試験を経てランクを上げていくため、一定のレベルまで達する者もあれば脱落する冒険者ももちろんいる。そういう冒険者崩れとなった者たちが盗賊等に身を窶す場合も少なくないと聞く。……さすがにそれは表立って言える事ではないし、開拓局側としても知られたくない事実らしいのでまことしやかに囁かれている噂程度の事だった。
さて、今回の物語はそんなアステルリーズの町中で起きる、巨大な都市の中では埋没されるに等しい位の、とある依頼の顛末についてである。
1.
──春の陽光に照らされた日差しが眩しい。
歩く足を止め、手で庇を作りながら空を仰ぎ見ると、青い空に白い鳥がパタパタと数羽、躍るように飛んでいた。目を細めながら飛び立つ鳥を見送ると、吸い込まれるようにして青空の彼方へ飛び去って行く。
庇を作っていた手を下ろしながら、つ、と目を前方に向けると、先を歩いていたのだろう、背の小さい、少女と呼んでもおかしくない小柄な女の子がこちらを向いて立っていた。ご丁寧に両手を腰に当て、目を細めて空を仰ぎ見ていた男を凝視するように睨んでいる。ジト目で見られていることに男は、これは一言二言何か言われそうだな、と内心身構えた。
「何ボーッと突っ立ってるんじゃ、下僕」
少女から下僕、と呼ばれた男は少し口をゆがめた。苦笑しているようだった。
「あまりにいい天気だから、空を見ていたんだ」
男がそう言い返すと、少女はやれやれ、と肩を竦め、「何を呑気なことを言っておるんじゃ、下僕! 今日の仕事にありついてないワシとお前は、今夜の飯もありつけんかもしれんのに、空を見て腹が膨れるのか?」
飯もありつけない……? 男は怪訝そうな表情を浮かべ、「それはないだろう……」と短く呟く。聞こえないようにツッコミを入れたつもりだったが、少女は耳ざとく聞きつけたのか、
「ほう? ……それはこないだ、コイン亭の亭主からチャラにしてもらったツケの話をしてるのか?」といやらしい口調で尋ねてくる。今更言い淀んでも無駄な抵抗と諦めたのか、彼は黙って頷いた。……すると少女は突然、虚空に向かって人差し指を突き上げた! ……かと思うと、そのまま男の方へずんずんと近づき、
「このアステルリーズいちの美少女フェステちゃんが、あんなシケたコイン亭ごときのツケをチャラにされただけで喜ぶ、とでも思ったか、下僕! ワシの野望はこんな物で済むと思うか? まだ見ぬお宝をワシが探しに行かねば、未だ見つけられていないお宝が泣いておるに決まってるじゃろう! 『うぇ~~ん、フェステ様、我々を探しに来てください~~』って、な!」
お宝の声の部分はやけにトーンを高めでしゃべったものだから、町往く人は一斉に男とフェステを見て、くすくすと笑いながら歩き去っていく。その渦中にいる男は少しばつが悪そうな表情を浮かべ、
「わかった、わかったから! ……ったく、頼むから俺のことを町の中で下僕とは呼ばないでくれないか、フェステ。せめて普通に名前で呼んでくれよ……」
最後の方は懇願に近い言い方だった。しかし、少女は下僕を一瞥しな、「名前……? ワシにマクレディと呼べっていうのか? それは嫌じゃな。お主はワシの下僕じゃ。げ・ぼ・く! 図が高いぞ、下僕!」
ニタリと笑みを浮かべて、さらに大きく下僕下僕というもんだから、マクレディはがっくりと肩を落とした。言うんじゃなかった、と内心後悔しながら。
この下僕と呼ぶ少女フェステと、下僕と呼ばれる男、マクレディの出会いは半年ほど前、アステルリーズからほど近い新しく発見された遺跡で出会ったのがきっかけだった。
出会うそれ以前の事を、マクレディは覚えていなかった。自分の名前以外の記憶を全て──。その新しく発見された遺跡にどうやって来たのかも覚えておらず、手探りのまま記憶を探す旅に行く事になった。フェステに助けられた時、成り行きでやってしまった下僕契約を除いては。
それからマクレディは冒険者登録を行い、めきめき腕を上げていった。彼は殆ど覚えていないが、フェステと初めて会った遺跡で、ゴブリンと対峙した時に苦も無くゴブリンを地に伏せた事で相当な手練れだと認識されたらしい。そのおかげで下僕契約をさせられた訳だが……しかしフェステに助けられる場面も多く、今では持ちつ持たれつの関係を築いている。
それからいくつかの依頼や出会いを重ね、一通りの仕事を終えてずっと出向いていた東のバーンハルト公国から戻ってきたのは数日前の事。しばしの休息と、数か月ぶりの交易都市の安穏とした空気に包まれながら港沿いを歩いていたのがつい先ほどの事だった。
港の方をのんびり散歩しながら、マクレディとフェステは開拓局へ向かおうとしていた。暫くアステルリーズでの依頼をうけていなかったが、依頼は毎日否応なく飛び込んでくる。フェステが喜ぶようなお宝探しの依頼はあるかどうかわからないが。
先ほどの一幕、というか下僕コールの嵐を受けてやや疲れ切った表情で歩いていたマクレディだったが、ふと目に飛び込んだものがあった。
アステルリーズの港は、係船岸と桟橋がいくつかに分かれており、遠方からの交易船も数隻係留できる大きな港となっている。しかしながら積み荷を保管する倉庫らしきものは見当たらない。船着き場の近くには海鮮専門の市場らしきものが見受けるため、海産物以外はすぐに交易都市の流通に飲まれていくのだろう。
そんな桟橋へ降りる階段の手前に、掲示板が立ててある。これはアステルリーズ内いたるところに置かれているそれで、催し物や市場のセールの販促等のチラシやポスターが掲示されているのが常であった。
その掲示板に目を止めたマクレディだったが、遠巻きだったため何が書いてあるかよく見えない。……しかし、何か気になる文字が見えた。……遺跡、……見つけて……
なんだろう。興味をそそられた彼は足を桟橋の方へと向けた。てっきり後ろをついてきていると思っていたフェステは後方を見やると、マクレディが桟橋の方へ歩いていくため、慌てて走り駆け寄り、
「こりゃ! 自分から離れて歩くな!」
一言言ってやるものの、彼は掲示板に貼られているものに集中していた。何が書いてあるのか、と彼女も同じものを覗こうとするも、小柄な自分の身長が邪魔をしてうまく見えないらしく、顔をしかめている。
「……下僕、何かお主の気を引くようなものがあったのかの?」
不機嫌そうに尋ねると、マクレディは一通り読み終わったのか、こくりと頷いて、
「……何かの依頼みたいだ。遺跡に行ってある素材を探してほしい、って書いてある。けどこんなところに依頼が貼られてるってよくあることなのか?」
フェステに尋ね返すが、彼女はまたしても肩を竦めた。そして、首をわずかに数回横に振る。
「やめた方がよい。開拓局を通してない依頼なんぞ、受けていいもんじゃないぞ、下僕」
ジト目で掲示板を見ながら、彼女は再び口を開く。
「ワシらの仕事は開拓局を通して依頼が来るのは知ってるじゃろう? 開拓局は冒険者を回す仲介業者のような役割を果たすのと同時に、冒険者の育成、指導も積極的に行っておる。だから下僕はジェイクの紹介もあるが、冒険者の試験を受け、冒険者になることができた。そういう育成、保護、依頼の幇助等を行っているという事は開拓局が以来の精査や冒険者ランクに応じた依頼を冒険者に渡すことで、低ランクの冒険者が高レベルモンスターと鉢合わせなどならないように管理もしているんじゃ。
その開拓局へ依頼を通さずに依頼を行うという事は、基本的にあまりいいことではない。……全部が全部ではないがの。ましてこんな掲示板みたいな誰でも見れる場所に敢えて依頼を貼り付けるなんて行為、開拓局の依頼の精査もされておらんじゃろうし、最悪、命の危険にかかわる依頼かもしれんのじゃぞ。見なかった事にしておいた方がよかろう」
言い終わると、腕を組んでうんうんと目をつぶりながら勝手に頷いて見せるフェステ。
……見なかった事にする? けど我々がこれを見なかった事にしたとして、他の第三者の冒険者が見ないとは限らない。どのみちここに掲示したままで立ち去るのはよくないにしても……でもこの依頼内容は恐らく……
「なぁ……本当にこのままにしておいた方がいいと思うか? 俺はそうは思わないけどな……それにほら、依頼内容は遺跡で希少価値の高い素材を見つけて来いって事だし、報酬も結構いいと思うんだが?」
気を引くように言ってみると、フェステの角がぴくり、と僅かながらに動いた。……そのままじっと待っていると、ちら、と片目を開けてマクレディを見ると、
「……報酬は幾らと書いておる?」
「10万ルーノ……って書いてあるな。本当にこの値段払うのか知らんけど」
さらにぴくっ、と角を震わせるフェステ。口をへの字に曲げて何か心の中で葛藤しているようだった。報酬が高い、遺跡でお宝見つかるかもしれない、けど……といった具合に。
数分間黙ったのち、「……きっとその10万ルーノを全額冒険者に渡したかったから、こんな掲示板に依頼を貼り付けたんじゃろう、そうじゃ、間違いない」と、一人何か勝手に納得した様子だった。マクレディがぽかんとしていると、フェステは再びあのニタリとした不敵な笑みを浮かべ、
「開拓局はな、何もタダで依頼者から依頼を受けてるんじゃない。彼らは冒険者を仲介する事で報酬を得ているのじゃ。つまり、依頼者が5万の報酬を依頼につけて依頼したとして、そのうちの事務手数料やその他マージンを開拓局が貰い、残りを我々、冒険者が貰うという手引きになっておるのじゃ。その中間マージンを払いたくなくて直接冒険者に10万ルーノを与えたかったからそんなところに依頼を書き込んだに違いない、ワシはそうにらんだぞ」
ずいぶんとご都合主義なこじつけをしてきたな、とマクレディは内心呆れていた。──が、フェステの金や宝に関しての意識の高さだけは感心していた。どちらにせよ、依頼は受けていいとフェステは言っていると判断したため、マクレディは掲示板に貼られた紙をぴっ、と画鋲から外した。
依頼には、どこそこの遺跡にある希少な素材を得てほしい、得た場合は自分が貼った掲示板に素材を得た旨を書いた紙を掲示する事、その時報酬を渡す手はずを教える──とだけ書かれてあった。
マクレディは依頼書を丁寧に折り畳むと腰に括られているポーチに入れて、フェステと共に向かっていた開拓局と逆方向、アステルリーズの街門広場に向かって歩き始めた───……