3.
薄暗いむき出しになった岩肌の間に、縫うように作られた回廊が続いている──
カースドノール遺跡は周りは断崖絶壁に囲まれた岩山の中間地点にある。岩山の一部をくりぬいた状態で作られており、敵が侵入しても簡単に突破できないよう、複数の回廊が折り重なるようにして作られた、いわば天然の要塞だった。細長い通路の先は袋小路になっていたり、はたまた別の広間に繋がっていたりと一筋縄ではいかない構造をしている。歩いていると一部では人の手で作られた砦の壁や回廊の模様などが見て取れるが、今ではそのほとんどが崩れ落ちてむき出しの岩肌か、一部はそれがはげ落ちて外の空気が吹き荒んでいたりもする。
周りが岩山なだけに、外とつながっていてもすぐ下は断崖絶壁で降りることはおろか、下がどうなっているか暗くてよくわからない。岩山に囲まれたここが日の光が一切届かないためである。落ちたら二度と戻ることは叶わないだろう。
そんな人々の記憶からも忘れ去られた遺跡が見つかった当時は一時期開拓局から派遣された者たちで賑わっていたこともあったが、それも今となっては過去の事。遺跡内部の回廊のルートが確立された今となっては誰も立ち寄る冒険者はいなかった。冒険者によってそれこそ“丸裸”にされたといっても等しい。
そのため、今この遺跡内部に居る冒険者は、マクレディとその主であるフェステだけだった。
「さあて下僕よ、さっさとこんなところおさらばしようではないか。依頼主の欲しがっている素材というものがどこにあるかは見当つくか?」
びしっ、と回廊の先に人差し指を突き立ててフェステが宣うが、いつもと違って覇気がない。どことなく空威張りのようにも聞こえる。いうて彼女もやはり女の子なんだな、とマクレディは内心くすりと笑った。
「……素材の名前しか書いてないからわからないが、多分最奥部であることは間違いないと思う。ひとまず、そこまで行ってみよう」
彼はそういうと手に持つ弓のグリップを握りなおし、歩き始めた。……が、フェステが傍らに歩いていないことに気づき、ん? と振り返る。
彼女はマクレディの背中に隠れるようにして歩いていた。彼が振り返ると、彼女は誤魔化すように両手を振り、
「ち、違うぞ、ワシは怖いから後ろを歩いてる訳じゃないぞ? ワシはほら、下僕の主であろう? 下僕は主を守るために戦闘を歩かないといかんのじゃぞ? だからワシは背後を歩かせて貰おう。オッホッホ」
……口調はいかにも怪しげな老人みたいなそれだが、これが背丈の小さい、見た目は紛うかたなき少女の見た目で言っているのだから、マクレディは反論する気すら失せた様子で、はぁ……とため息を一つついた。
「ほら! さっさと前を向いて歩かんか、下僕!」
フェステに尻を叩かれるようにしてマクレディはわかったよ、と言って前を向き直り、歩き出す。
背後でフェステがぼそりと「うまくやり込めたわい」とほくそ笑みながら呟くのを彼は聞き逃さなかった。
いくつか回廊を抜け、広間らしき場所も通り過ぎたが、差し当たって何も出現せず、誰とも遭遇しないまま最奥部にまで到着した。広間の中でもドーム状といった最奥部の空間には、かつてこの砦を守る守衛の役割を果たしたであろうバファリア遺産の一つであるゴーレムガルデが鎮座しており、開拓局から派遣された冒険者を苦しめたという話は耳にしたものの、討伐された今となっては広間はがらんどうとしており、かつて主がいた筈の部屋はもの悲しささえ感じさせた。
マクレディはここに着くまで遺跡内部で見つけたいくつかの収集素材を拾ってはいたものの、依頼主の欲しいそれは見つかるどころか、希少な素材というものでもなかった。トコヨ草や水晶の原石といった、ありふれた汎用素材ばかりしか拾えていない。敵も居ないのは幸いだが、これといった金目のものが一切見つかっていない為、背後で歩くフェステの機嫌がだんだんと損なわれていくのをマクレディは黙ってやり過ごすしかなかった。
そんな状態で最奥部まできて、なおかつ何も見つからなかったため、とうとうフェステの怒りが爆発してしまった。突然彼女の甲高い声に、先頭を歩くマクレディはびくっ、と双肩を震わせてしまう。
「下僕! あんな依頼なぞ引き受けるからこんな目に遭うんじゃ! ここまで来たのに徒労で終わるとか、やっぱりあの依頼は人をだまくらかすために仕組まれた罠じゃったんじゃ! あーワシがあの時食い止めておけば……」
よく言うよ、とマクレディは内心毒づく、自分だって十万ルーノに目を輝かせていたじゃないか。……けど確かにあの依頼はおかしかった。開拓局を通していない、誰の目にも触れる場所においてある依頼の紙。ほとんどの人は素通りするであろうその場所に貼り付けた意味とはなんだ?
彼は腰に括りつけてあるポーチから依頼の紙を出し、中身を再度あらためる。──希少な素材を集めてほしい。カースドノール遺跡で見つかる“古代甲冑の板金”と呼ばれる希少素材を一つ見つけてくるだけでいい。報酬は十万ルーノ。見つけたらその旨を同じ掲示板に書き留めてくれれば、近日中に受け渡しの日時と場所を記す──
古代甲冑の板金、と呼ばれる素材は聞いたことがなかった。ここに来ればその手掛かりは得られるだろうと高を括っていたのがまずかったのかもしれない。……それに、あの時フェステが今日の食べるものにもありつけない、などと言ってたのも依頼を引き受ける一因の一つでもあった。あまり大きな声で言いたくはないが、自分を助けてくれた恩義以上に、彼はフェステの事を気にかけていたのだから。
「悪かったよ、フェステ。俺が──」
謝ろうとした矢先だった。突然フェステの角がぴくっ、と動き、
「ん? ……んん?」
何かを嗅ぎつけるように辺りに目を配り始めるフェステ。
どうかしたのか、と彼が声をかけるより早く、「お宝の匂いがする……」口からぽつりと漏れ出る声。
フェステは不思議な力(?)があって、金目のものが近くにあると匂いを感じ取れる嗅覚があったのだ。はっとそれに気づいたマクレディは、
「……どっちの方向からする?」
声をかけると、彼女はすっ、と指を一点の壁に指した。見るからに周りの壁と変わらず、岩肌がむきだしのそれである。マクレディが持っているこの遺跡のルート図を見ても、この先に通路らしきものは記されていない。
となると隠された通路か。マクレディは握ったまま今まで出番のなかった弓を構え直した。消えていた光る弓弦が再び出現すると、彼は背後に背負ったクイーバーに手をかざす。かざしたと同時に弓弦と同じ青白く輝く光の矢が現れた。音もなく引き抜いてハンドル部分に矢筈を弓弦につがえ、引き絞る。リムが弧を描くように撓ったと同時に矢が解き放たれ、光の筋を作った。
そのまま壁に撃ち消えてしまうかと思いきや、びしっ、と音を立てて光の矢が壁に当たるのと同時にその衝撃で一部の岩肌がぐらっと揺れ始めたかと思うと、ガラガラと音を立てて壁を形成していたものが崩れ落ちた。長年放置されていたのか、土煙がひどい。二人はげほげほとせき込みながら前方を見ると──回廊が続いていた。
「……ほ……」
何か言おうとしていたフェステに気づき、マクレディが背後を見やると、彼女は壁の向こうに隠し通路があったのが予想外だったのか、目を丸くして驚いていた。が、すぐに下僕の視線に気づき、
「ほ……ほっほっほ。ワシの嗅覚は優れものよのう? さあ行くぞ下僕! この先は開拓局も知らない未知のエリアじゃぞ!」
いつどんな時でも威勢を張っていたいのだろうか。……しかし、今の一手は有難かった。彼女の嗅覚が無ければこのまま収穫を得られないまま帰路に着いてただろうから。
「ああ、行こう」
マクレディが声をあげると同時に、回廊の奥から、ギギギ……と機械音のような軋む音が響いてきた。不気味に響くその音に、思わずフェステはマクレディの背後に隠れてしまう。マクレディはくすりと笑みを浮かべ、
「この奥はモンスターが居そうだな。フェステ、俺から離れるなよ」
クイーバーから矢を取り出ししな言う。わかっておるわい、と彼女は背後のザックから球状の爆弾を取り出した。威力はほとんどなく、ほぼ見掛け倒しのシロモノだが、相手を怯ませる程度の力としては効果的だった。
今まで確立してきたルートとは違い、殆ど光が入らない回廊だった。岩で固められていた通路なだけに、封印されていたのか、それとも何かを隠すためにある場所なのだろうか。気配を殺しつつ足音を比較的、立てないように歩いた。
軋む音が大きくなってくるが、それと同時に真っ暗な回廊の先に薄明かりのような、少なくとも真っ暗なこの回廊よりは幾分か明るい部屋の入口のようなものが見えてきた。真っ暗な回廊に入った時には見えなかった点から、この通路が緩やかにカーブしているのだと推測される。
「下僕、この先でお宝の匂いがプンプンするぞ」
ぼそぼそと小声でつぶやくフェステ。マクレディはこくりと頷くと、明かりに包まれた場所に入る回廊の手前で立ち止まった。そのままそっと壁に身を寄せつつ、室内の様子を伺うべくクリアリングを行う。
見た所、いたって他の遺跡内の広間と変わらないそれだった。むき出しの岩肌で覆われ、辺りには数体バファリア遺跡で見受けられる、バラージアームやフローティングアイが浮遊しながら、そこらを警備するかのように動いている。
彼が次に広間の奥を見やると、宝箱が見えた。バファリア遺跡などでよく見るそれと同じ形状で、黒い箱の周りに金縁で縁取られた模様が輝いている。宝箱の周辺には、他にも数点、金属素材等が見て取れた。──あの中にもしや、依頼主の言う“古代甲冑の板金”があるのか?
「……当たりだ、フェステ。敵も少ないから、奇襲すればすぐに終わるだろう。突入するぞ」
クイーバーから矢を数本引き抜いて弓弦につがえる。威力の高い複数射出攻撃をしようとしていた。マクレディは奇襲攻撃を得意としており、その中でも複数矢を扱った奇襲を好んで戦法として使っていた。何故その戦法が好きかは分かっていない。が、昔の記憶の断片が、“攻撃は遠距離から撃ち落とすのが効率的だと思っている”らしいのだ。記憶が殆どなくなっている以上、その言葉が果たしてあっているかはわからないが、彼の戦闘スタイルには合っているし、弓での奇襲攻撃も得意としているのだから、間違ってはいないのだろう。
「よし、ではお宝にありつこうではないか、下僕よ、突撃じゃ!」
フェステの掛け声とともに、二人は回廊から広間へと躍り出た。浮遊していたモンスターがこちらに気づくのと同時に、マクレディは弓を体と真逆の水平に構え、複数本つがえていた矢を弓弦から解き放つ。光り輝く矢が弧を描いて幾重にも空中に筋を作り、その筋はバラージアームとフローティングアイ数体にびしっ、と音を立てて当たった。奇襲攻撃を受けたせいか、フローティングアイは態勢を崩して地面にどしゃっ、と身を落とす。
今だ! 落ちたフローティングアイに止めをさすべく、素早く矢を弦につがえて射出しようとした瞬間だった。
「下僕! 何か来る!!」
僅かに目線をフローティングアイから離した瞬間、壁を突き破って巨大なゴーレムが彼に向かって襲い掛かってきた。避ける間もなく突き飛ばされ、壁に激突してしまう。
「がっ!」
背中から壁に当たったのが幸いしたが、口を切ったらしく口の橋から血の筋が顎をしたたるように落ちた。自分を突き飛ばした相手を目の当たりにした瞬間、マクレディは目を丸くした。……あれは……?
「嘘じゃろ……なんでここにあやつがいるんじゃ? あやつは開拓局の冒険者たちによって叩きのめされた筈じゃなかったのか!?」
フェステの驚愕する声は、マクレディが内心思っている事と同じだった。
彼らの眼前には、かつてこの砦を守るために設計されたであろう、バファリアの遺産の一つであり砦の守衛を担っていたゴーレムガルデが、たった二人だけの冒険者であるマクレディとフェステという侵入者を排除すべく、背後のブースターから火花と排気をまき散らしながら、二人に近づいてきていた──
作者注)古代甲冑の板金は2月末のアプデで出た新上級調査「厳闇! カースドノール遺跡」で手に入れる武器素材です
(この時点で半分この話がネタバレだな・・w