不運の訪れは、いつだって思いがけないもの

ジュリアン
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2.

「………さて、その依頼主が求めてる希少な素材が採れる場所、ってのは何処と書いておる?」

 隣を歩くフェステがぽつりと口に出す。マクレディとフェステの身長差はおよそ二倍の差があるため、フェステが彼の歩調に合わせて歩くのは割と大変だと思うのだが、彼女はそれを労とも思わない様子で、たまにステップを踏みながら彼のそれに合わせて歩いている。ちらりとマクレディが傍らを一瞥しても、彼女が歩きづらそうにしている様子は見受けられない。

「書いてあった遺跡の名前は確か……モンテノール渓谷にあるカースドノール遺跡だったな」

 依頼書の中身を思い出しながらつぶやく。フェステは特に興味を惹いた様子は見受けられなかったが、ふうん、とだけ呟いたのち、

「あそこは確か、下僕のような高レベルランクの冒険者が最早ずっと前から出入りしているし、今更希少価値の高い素材なぞ見つかるものかのう? もう皿の端まで嘗め回された遺跡のような気がするがのう……」

 フェステの言う事も尤もだった。この遺跡はルートが既に確立していて遺跡内部に出てくるモンスターも大体判明しているし、フェステの言う通り“高レベルランクの冒険者がずっと前から出入り”しているのもあって、殆ど遺跡内部にモンスターは残っていないはずだった。今更希少価値の高い素材なんて本当に見つかるのだろうか?

 しかし、内心不安がよぎるマクレディを他所に、フェステは上機嫌のようだった。ついさっきまであんなにこの依頼を訝しんでいたのにもかかわらず、だ。

「そこまで自分で結論づけてるのに、この依頼を引き受けていいのか? フェステ?」

 彼が尋ねると、彼女はまぁ少し不安ではあるんじゃがな、と付け加えたのち、

「しかし、冒険者たるもの、危険の一つや二つあって当然じゃ。それに──遺跡ってものはな、ルートが確立しているからそれが遺跡の全容、って訳じゃないんじゃぞ? 実際、隠し通路や長年の年数による落盤や落石でルートが潰されている、なんて事もざらにある。それらを見つけて新しいお宝を見つけられれば、依頼もお宝もゲット! 一石二鳥、って事になるのじゃぞ? 下僕!」

 はぁ、とマクレディは気乗りしない様子で呟いた。彼女のこの底抜けに明るい──というより、楽天的な──考え方は見習いたいと思う時もあるにはあるのだが、彼が倒れた時、次に刃が向くのは小柄なこの少女だ。マクレディ自身は内心フェステをあまり危険な場所に連れて行きたくはなかった。……にも拘らず、彼女は一人でほいほいそういう危険な場所へ足を向けるのだから始末に負えない。

 しかしながら、そのおかげで自分は助かったのだから、あまり強くは言えないのであった。

 二人はそんなやり取りをしながら、街門広場にたどり着いた。アステルリーズの陸の玄関口となっているここは、巨大な門と、その先にある外大陸をつなぐ石造りの長いラーメン構造の橋が連なってできている。長い橋のいくつかの中継点には陸側からの敵兵や襲撃に備えるべく鋼鉄製の門が点在して設置しており、その上に設置されてある見張り台には数人の警備兵が見て取れた。

 この長い橋を渡って襲撃者が襲ってきても、町と橋を繋ぐ位置にある最後の砦と呼ぶにふさわしい、ひときわ大きな鋼鉄製の門がある。バファリア遺跡で見受けられる巨大なロボット相手ではひとたまりもないだろうが、ごく一般的な山賊やゴブリン相手では十分に通用できるだろうし、それらが大挙して襲ってきたとしても、町の人間を避難させる時間稼ぎは作れるだろう。陸の玄関口がこの一か所しかない点が、この町が島を切り出して出来ている特徴でもあり、またおいそれと襲撃を受けにくい点も併せ持っている。

 交易都市と呼ばれる故、その積み荷を狙う盗賊等の噂は絶えないが、そういう輩もこの街の特徴によって排除できているのも事実だった。だからこそこの町がこの地域一帯で巨大な交易都市と呼ばれる所以にもなれたのだろう。

 街門から町に入るとすぐ目にするのが冒険者などが主に使うワープポータルだ。床に置かれている白と金色に装飾された円状の陣に近づき、中央に浮いている青白く輝く光球に触れるだけで町中や外大陸に点在してある同様のポータルまで瞬間移動することができる便利な施設だ。ポータルの周辺にはマクレディ達と同じ冒険者の身なりをした若者が数人、向かう先のポータルが“開く”までその場で所在なさげに突っ立っていた。

 マクレディは陣に近づき、青白い光球に触れる。カースドノール遺跡はモンテノール渓谷の西端に位置するため、距離はかかるが安全面を考慮してリッツェの町外れにあるポータルを転送先として設定した。設定すると自分の手のひらに陣の上にある青白い光球と同じものが現れる。転送先が田舎町だったのもあって、ポータルはすぐに“開いた”。

「行くぞ、フェステ」

 マクレディはそう呟きしな、もう片方の手で彼女の手を握った。握ったと同時に彼の手に浮かぶ青白い光が二人を包み込むと、しゅんっ、と高速移動するかのような音を立てて二人を包んだ光は上空へと飛んで行った。

 

 青白い光が収まると同時に、二人は先ほどまで居た交易都市の雑踏とは違う、小川のせせらぐ音やかさかさと風が吹くたびに立てる雑草の擦れるわずかな音だけが漂う場所に居た。足元には白と金で装飾された円陣があるが、そこから少し離れた場所に平屋がいくつかと、街道沿いには市場らしき店舗がそこかしこに点在されたこぢんまりとした町──邑と呼んでも差支えはあるまい──がリッツェだった。交易路として栄えているこの街道の宿場町として存在するリッツェだったが、宿場町にしては隊商や商人をねぎらうために作られている宿らしきものは一つしかなく、また、冒険者はその施設を利用したことがない。そのため、ここで冒険者を見かける場合は大抵、依頼がらみで来ることが多かったため、依頼がない場合は殆どといっていいほど冒険者の姿を見ることがなかった。今マクレディとフェステが降り立ったリッツェのポータルには、他の冒険者らしき姿も見えない。冒険者としては通過点の一部か、周辺にはない希少な転送先という存在になっていた。

「いつ来てもここは空気が美味いのう……腹も膨れればいいのじゃが……」

 フェステが独白するのを他所に、マクレディはマウントイマジンを召喚した。

 マウントイマジンというのは、所謂イマジン装置の一つで、そのイマジンに心の中で呼びかけると呼応するかのように現世に現れる装置の一つだ。イマジンと一口に言えど、これにはいくつか種類がありそれらを装備することで冒険者は自らの潜在能力を高めることができるのだが、マウントイマジンはその名の通り移動専用の乗り物という概念のみ存在しているだけで、持ち主の潜在能力を高めたりはしない。

 そして、たいていが個人用として利用できる範囲が決まっている。そのため、専ら利用するのは冒険者が多いのだった。

 彼が呼び出したマウントイマジンはエアライダーという、サーフボードにエンジンを組み込むことで空中に浮かびながら移動できるという優れものだった。マクレディはそれに軽々と飛び乗ると、

「フェステ、ほら、乗るんだ」

 彼女を促す。呼ばれた当人はちょっと照れくさそうな顔をしながら、エアライダーに恐る恐る足を乗せ、マクレディの足を両手で抱え込むようにして掴んだ。小柄な彼女故にできる事だった。大人二人乗ったら動くどころかエンジンがオーバーヒートしてしまうが、フェステ程度の小さな少女なら二人乗りも可能だった。

「うう……なんでワシが下僕の足を掴まないといかんのじゃ。何度やってもこの乗り方は気に入らん……」

 背後でフェステが毒づくのを横目で見ながら、マクレディは苦笑しつつ行くぞと呼び掛け、足元の加速ペダルをぐっと踏み込んだ。ボードの後方についているエンジンがぶぉっ、と音を立てながら息を吐くように速度を上げ、マクレディとフェステを載せたエアライダーは街道を西へ駆け抜けていく。

 西へ走らせていくうちに街道は二手に分かれ、片方はバハマール高原へ、もう片方は細く渓谷の間を縫うようにして街道が敷かれている。その先は現在落盤があるせいか道は封じられていたが、その手前にカースドノール遺跡へと通じる星脈孔があった。

 星脈孔とは、この世界と別の世界を繋ぐ時空の揺らぎでできており、大抵地面に亀裂が入った部分から時空の揺らぎが目に見えることで一目でそれと分かる。大抵町外れや街道の外れに出現するが、不安定さながら一度入ると星脈孔が消えてしまうものもあるため、遺跡の探索及び脱出まで常に危険が付き纏う。それを回避するように、一部の遺跡にはワープポータルの円陣を置いてある場所もあったりするが、星脈孔の時空の揺らぎが安定している遺跡等はポータルが置かれていない場合もあって、今回向かうカースドノール遺跡はその“安定している”遺跡の一つであった。冒険者以外は基本的に立ち入りを禁じられている。

 カースドノール遺跡に繋がる星脈孔に着くと、二人はマウントイマジンを降りて準備を始めた。これから向かう場所はいくら先人の冒険者によって手垢が付きまくった遺跡とはいえ、危険が無いとは言い切れない。舐めてかかった結果痛い目を見て這う這うの体で戻ってくる冒険者も少なくないのだ。

 マクレディは一度深呼吸をすると、背中に背負っていた武器を手に取った。それは握り部分のハンドルと撓るリム部分に意匠を凝らした業物で、見事な装飾が刻みこまれているが弦がついていない弓だった。しかし、マクレディが手に持つと同時に所有者の意志に応じて青白い光の筋がリム同士をつなぎ、一本の輝く弓弦が現れた。

 移動時にずれていたクイーバーを背負いなおし、かれは準備が整ったことをフェステに伝え、二人は星脈孔に足を踏み入れると、時空のゆがみに飲まれるようにして姿を消していった。

 

 時空の歪みに身を任せるのはいつも苦手だ──マクレディはそう心の中で愚痴りつつ目を開く。時空の歪みに干渉した直後は視界の端がぐらぐらと揺れてるようにぼやけるのは常だったが、やがてそれも収まっていくと、遺跡の入り口である少し開けた入り口が目に入った。──薄暗く、岩壁むきだしなっている壁で囲まれた小さい広間が。

 かつてこの軌跡は、竜族が勢いを増していたかつての時代、彼らとヒトが戦った場所の最前線に置かれた砦だったという。

 長く辛い戦いの末、ヒトは勝利を収めたが、それはあまりにもむなしい勝利となった。勝利を得た時には既に砦は壊滅し、辺り一面は竜族ともヒトとも見分けぬ山のような死体が積み重なった、文字通り地獄の様相を呈していた。

 全てが死に絶えた砦は人の記憶からも消され、幾年の月日が経ったかわからぬほどの時が過ぎた後、偶然発見されたことで調査、発掘が行われた。残された僅かな手掛かりによって、かつてここが前線を守る最後の砦だった、という事が発見されたのはごく最近の事──

「うう……いつみてもここは薄気味が悪いのぅ、下僕」

 マクレディの背後でフェステが心細く呟く。確かに、先ほどあったようないわくつきの遺跡というのを知っている者ならここに長居したいと思う者なぞ居ないだろう。

「そうだな……さっさと希少素材とやらを集めよう」

 彼自身が自分を鼓舞するようにそう言い、遺跡内部に足を踏み入れた。フェステは恐る恐ると言った様子で彼の後をついていく。

 遺跡内はしんとしており、マクレディとフェステが時折立てる僅かな足音と衣擦れの音だけが響くだけだった。彼女の言う通り、熟練の冒険者が既に調査済なだけあって誰ともすれ違わず、そしてまた、モンスターの姿も見えない。

 本当にこんな調べつくされた遺跡に希少価値の高い素材なぞあるのか──二人は内心疑問を抱えながらも遺跡を進んでいく。

 その時まではそう思っていた。二人の手によって見知らぬルートを見つけ、その場所に足を踏み入れるまでは──

@9412jms
元同人作家。ここではブルプロ(ブループロトコル)の二次創作を書くんじゃないかな。