心電図の検査を終えてあくびをしている母に、何気なく「タコになってって言われた?」と訊くと、「言われないよ。とっくにふにゃふにゃだもん」とほっぺたを触りながら、笑顔で返された。「タコ」のニュアンスがどこまで伝わったのかはわからないが、こんな会話をしていると、母が認知症であることを忘れてしまう。代わりに思い出すのは自分が初めて心電図の検査を受けたときのことだ。
わたしが初めて心電図検査を受けたのは小学校の一年生、学校で行われる健康診断のときだったはずだ。初めてのことで、怖くはなかったけども、教室の中は寒いしスタッフさんは事務的だしで緊張していた。シンデンズという言葉の響きも何やら禍々しく感じられた。体のあちこちに器具をつけられて、「はい、タコになってー」と言われても、それが「体の力を抜いて、楽にして」の意味だと理解ができない。
当時は海の近くに住んでいた。窓を開けなくても港が見える。市場も近いおかげで、魚介類をよく食べた。もちろんタコも。あまり生き物に対して好奇心旺盛なタイプではなかったので、水揚げされたばかりの姿よりも口に入れたあとの印象のほうが強い。
お刺身のタコは一見やわらかそうなのに、なかなか噛み切れないからあまり好きではなかった。タコ足を串焼きにして売っているやつなんかとても歯が立たないし、たこ焼きの存在を知るのはまだ先のことだ。タコはかたい。少なくともわたしの認識の中ではそうだった。そんなものになれなんて……小学校一年生のわたしはこの時点でこんがらかって、ガチガチだったのではないだろうか。
結局、初めての心電図検査でどうやってタコになったのか、覚えていない。それでも、以来、心電図といわれて真っ先に思い出すのはタコのこと。ちなみに今は唐揚げと酢の物と塩辛が好きです。