間違って覚えていた言葉

その昔、父方の祖母が「漬物が美味くてメシがはかいく」とよく言っていた。わたしはこの祖母以外の人の口から「はかいく」という言葉を聞いたことがない。

「はかいく」とは、こんな意味の言葉らしい(Weblio辞書より)。

捗行く。はかがいくこと。進捗すること。近畿、九州、北陸、関東、奥羽、北海道などで広く使われる語。

祖母の例だと、「漬物が美味しくてめっちゃごはんが進むわー」といったニュアンスだろうか。

そういえば同居していたころ、祖母はよく漬物を漬けていた。家の外に大きな漬物樽を置いて、冬の夜の寒いときに外へ出ていってはひと口つまんで、漬かり具合を確かめていた。わたしもよく着いていって、おこぼれに与ったものだ。白菜と一緒に細切りにした人参や昆布を漬けるんだけど、それを1・2本貰って食べるのが好きだった。「人参が好きなんて変わった子供だな!」とよく笑われたっけ。

で、ほどよく漬かった漬物を夕食時にみんなと食べながら、「やあ、メシがはかいくな!」と言うわけだ。

祖母はちょっとぶっきらぼうな喋りをする人だった。「はかいくな!」もどこか怒ったような言い方。そのためなのかなんなのか、わたしは「はかいく」をネガティブな意味の言葉なのかとずっと勘違いをしていた。「漬物のせいでごはんを食べすぎてしまう、困ったものだ」というような……。だからわたしも人前で口にすることはないにせよ、やむをえない事情で何かを浪費してしまうとき、頭の中で「はかいく」という言葉を思い浮かべてしまっていた。「鼻炎のせいでティッシュがはかいく」とか、「長距離運転のせいでガソリン代がはかいく」とか。たぶん「捗る」という言葉とは結びついていなかったんだと思う。

最近でも「暑くて喉が渇くせいで麦茶がはかいくな……」とぼんやり考えたあと、すかさず頭の中で訂正する。祖母との思い出は少ないけれど、わたしの記憶の中に、こんなふうに奇妙なかたちで祖母が生きていることがちょっと可笑しい。

@9ris10f
自分のこと、日常のこと、家族の介護のことなどを書きます。