昼間、体の具合が悪くてソファに横になっているうちに、うとうとしてしまった。
目が覚めてはっとした。母がいない。玄関の鍵は開いたまま。慌てて外を見渡したが姿はない。わたしは30分近く眠っていたらしく、母がすでに遠くまで行ってしまった可能性もあった。
家に戻り、警察に電話しながらも、部屋に残っているものから母の服装や手荷物の有無の目星をつけた。母の年齢や体格、髪型や歩き方の癖、靴の目立たない場所に貼っている高齢者見守りサービスの登録番号などを電話口で説明しつつ、自分が手際よく説明していることに複雑な気持ちになっていた。つい1週間前にもこうやって同じ電話をしたからだった。
幸い、ウォーキング中の人が独りで歩いている母を不審に思い、警察に通報してくれたらしい。この日、母はいつもとは逆方向に出かけてしまったから、親切なその人のおかげで速やかな発見に至ったようなものだ(どうもありがとうございます)。
母はそれからしばらくしてパトカーに乗せられて帰ってきた。先週は私服警官の二人に散々キレていたが、今回は制服姿のおまわりさんが相手だからか愛想がいい。何事もなく済んでよかった、と思いながらも、これからこんなことがさらに増えていくのだろうかと考えると気が重かった。
先週、母がいなくなってしまったのは、わたしが買い物のために家を留守にしたタイミングでだった。
それまでは、午前中なら母の意識もわりとしっかりしていたたため、わたしも生活に必要な用事を済ませることができた。でも、これからはあまり家を開けないほうがいいかもしれない……そう考えて、この1週間は買い物もごみ出しも本を借りに行くのも、母にわざわざ「わたし一人では大変だから、手伝ってほしい」と言って一緒に出かけていた。今回はそうした矢先の出来事だったから、どうして家にいるのに目を離してしまったのかと思うと自分に腹がたった。
腹がたつのと同時に泣けてきた。わたしもまったくの健康体じゃない。疲れて休みたいときだってある。母の自尊心を傷つけないかたちで気を配ることも、ころころと変わる母の態度や発言から自分を守ることももうしんどい。ここから解放されたい。
近ごろは母といると毎日のように頭痛がして、急に動悸がしたりする。少しでいいから体を休めたい。でも、認知機能の低下した母は、わたしの体調のことなんて頓着しない。わたしも、つらいからといって母を放っておくことはできない。
最近の母はヘルパーさんが来ても拒否を示すことがあり、入浴も着替えもしたがらない。家でできることにはそろそろ限界が見えているため、ケアマネさんとはデイサービスの日数を増やしつつ、良さそうなグループホームを探していく方向で話がまとまっている。先週の出来事を話したとき、ケアマネさんは「お母さんがいなくなってしまうのは認知症のせいであって、娘さんのせいではないですよ」と言ってくれた。その言葉で救われる部分もある。それでもやっぱり、体も心もつらい。母の身に万一のことがあれば、わたしはきっと生涯罪悪感に苛まれることだろう。
この日の母は、遠くまで歩いてさぞかし疲れたかと思いきや、21時までテレビを見、その後「じゃあ、うちに帰るから」と家を出ていこうとする。もうこの世には存在しない「うち」だ。こういう場合は一緒に外を歩き、やがてさりげなく帰宅を促すのがいいらしく、真冬にそれを実践したこともある。でも、今日は勘弁してほしい。夜だし、風は強いし、昼間の一件があったあったこともあって、わたしは早く休みたかった。
「帰るのは明日の朝にして、今日はもう寝ない? 明日、父さん(わたしの死んだ祖父。顔も知らない人)の家まで送るから」と言ったところ、幸い母は渋々納得をして、まもなく寝てくれた。
ああ、自分が早く休みたいからと、でまかせを言うのはいやなものだ。母の認識している世界に付き合うのも、やっぱりつらい。慣れてはきたものの、今はこの程度のことでも気持ちが揺らぐ。心が折れかけている。母との暮らしに、今は孤独と息苦しさの両方を覚える。
母さん、こんなことを書いてごめんよ。でも、たとえ弱音は吐いても、共倒れにだけは断じてなるものか。その気持ちを胸に、明日もどうにかやっていく。