監督 エミリオ・エステベス
Amazonプライムで字幕版を視聴。128分。
あらすじ:ある日、アメリカ人眼科医トムのもとに、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅に出たばかりの一人息子ダニエルの訃報が届く。フランスとスペインの国境の町までやって来たトム。ダニエルの遺品と遺灰を手にした彼は、息子が巡礼の旅に求めたものが何だったのかを知ろうと、息子に代わり、旅を続けることを決意するが...。
旅に出たくなる映画かと思って観たら、旅に出た気分にさせてくれる映画だった。ありふれた感想だが、喪失と出逢いとうつくしい景色のながれる旅で、冷ややかな澄んだ空気感がしている映画だった。人種も年齢も話す言葉も異なるひとびととの一期一会の儚さとかけがえのなさ、自然のうつくしさと冷酷さ、それから、旅の素晴らしさを見せられる。映像を見ているだけのわたしも、なんだかトムやヨスト、サラやジャックとともにサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅を歩いたような気分にさせてくれる。「星の旅人たち」は観ている人間にも同様の感動と達成感をくれる。こういうタイプの映画は初めてだった。
お気に入りのセーターの毛玉取りをしながら画面を眺めた。一人旅に出たその道中──しかも、ほんの序盤で──で亡くなってしまった息子の想いを継いで巡礼の旅に出るトムの背は最初、随分こじんまりとしている。背負い慣れていない大きなリュックに、歩き慣れていない長い道のり。彼は景色を見る余裕もない。息子が死んだことへの受け入れきれない悲しみと、直前までのやり取りへの後悔、老いた自分に残された体力に対する焦りから、急いた足取りと険しい顔つきで巡礼の旅をゆく。然し、早まるトムの足取りの訳がわかるかるこそ、素晴らしい景色に目もくれず先は先へと行ってしまうトムに部外者ながらやるせなさを覚えた。巡礼に至る道はゆるやかに景色を変え、それはどれもうつくしく長閑でいてそして、永い。なんてったって、聖地までは800kmもあるのだ。
川に落ちたり野宿をしたり、ハプニングに見舞われながら、トムは宿泊所や道中でさまざまな仲間と出会う。食べることが好きでドラッグを愛用する、ヨスト。禁煙したいがために巡礼の旅に出たサラ。スランプを抱えた作家のジャック。他にも、息子の訃報の連絡をくれた警部、脳腫瘍の手術をした痕を帽子で隠す神父やリュックを盗む青年、その父親、闘牛士が夢だった宿の主人に、自分の顔を印にしたオリジナルのスタンプを作って謎に大騒ぎする奇妙な宿の主……。一期一会、かと思いきや巡礼者はみな同じ道を進んでゆくのでまた会うことになったり、はたまた、今度こそ二度と会わなくなってしまったりする。出逢った人の励ましの言葉を杖にして歩いたり、共感をしてさみしさを紛らわせたり、自分を振り返る教訓にしたりする。果たして良い出逢いとはこういうものを指すのだと、二時間でたっぷり見せてくれる。
初めは、自分の旅の理由すら相手に打ち明けきれず訳を問うてきた人間には閉口していたトムも、旅を続けるにつれ息子のことを話せるようになってゆく。都度大切に抱えた箱から遺灰を取り出して撒き、仲間にすこしだけ話して、ジャックに小説の題材とすることを許す。そんなトムの変化を、同じ道を歩き続けてきた三人はすこしむずがゆそうに、でも、うれしそうに眺めている。酔っ払ったトムのくだりは笑うしかなかった。あんなの見せられたら、何にも言えなくなる。
人の人生には一見わからない影がある。見た目や年齢から勝手に判断をして、その人がどれだけ幸せそうで自分勝手そうでも、底の深い悲しみが存在していることがある。巡礼に向かうひとびとの背に、自分よりもまっすぐとした芯を勝手に視て、妬んだら羨ましがったりする。それはトムが息子を亡くしたこともそうだし、サラが娘を亡くし夫に暴力を振られていたこともそうだし、移民の親子が虐げられてきた訳を語るシーンでも伝えられる。人生に悲しみはつきもので、立ち止まっていたい気持ちはあたりまえで、それでも進み続ける尊さを教えてくれる。
映画の中の景色は雄大でうつくしい。巡礼者のゆく道にはその土地に住むひとびとの生活と文化があり、それを見せてくれるのも面白かった。食文化がことなり、着ている服の模様もことなる。旅をした気分にさせてくれる、というのはこういう映像を余さずきちんと見せてくれるからだと思う。4人が歩く映像はきちんと尺が取られているのだが、観ていて飽きない。それは聖地までの道程がとても色彩豊かであることを示している。
聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラにやってきて巡礼修了書を受け取るとき、自分の名前を書いてもらったものの息子のものに書き換えてくれと願い、息子の名が記された修了書を受け取るトムの顔は心底嬉しそうで泣けてしまった。息子を愛し、息子の夢を継ぎ、息子を思い、彼は巡礼の旅を終えた。息子の遺灰を海に撒き、そして、彼は新たな旅路につく。旅で得たものの尊さを胸に、新たな街へゆくのである。トムのまなざしは力強く、リュックを背負う背はまっすぐだ。道は人を強くする。リモコンでテレビの電源を落として、巡礼の旅……。とふと思いを馳せた。いつか。いつか行けたらいいな……。