4月 プロジェクト・モリアーティ
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あらすじ:「世界をちょっとだけ正しくしたい」。そう話す転校生の杜屋譲と「瞬間記憶能力」を有する和登尊。二人は同級生を助けるため、「絶対に成績が上がる塾」に潜入。そこで暴言と体罰を繰り返す傍若無人な塾長と対決することに。正義をなすために人をだますこともいとわない。そんな杜屋と和登の物語が始まる。
著者 斜線堂有紀
こちらは斜線堂先生の児童向けミステリ小説シリーズ一作目だ。キャラクターの名前は当然、モリアーティとワトソンを文字ったものになる。暴かれるトリック、事件の真相、中学生という設定をからめて作られた中身は極めてシンプルでわかりやすい。なるほど児童向け……と思いながら読むことができた。子供が読むことを前提に書かれているからこそ、「ちゃんと書かないといけないこと」「この話を通じて伝えたいこと」「この話から得られること」が明確に記されている。「すべての子どもは恵まれているべきですよ」という台詞が児童向け小説に書かれている、この作品の安心感と言ったら……。悪を悪とただ断じてしまうのでない視点をちゃんと書いてくれるのも、嗚呼、いい本だなと思わされた。小学生や中学生のころに読んでみたかったなあという気持ちと、所謂大人という立場になった今読んだからこそ抱ける感想があるなあという作品だった。12月に出るらしい新刊も買うつもりでいる。応援している作家のシリーズがリアルタイムで追える嬉しさ!
5月 26歳計画
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あらすじ:《「26歳」をタイトルにした文章を自由に書いてください。書き終えたら、あなたがいちばん魅力的だと思う26歳の知り合いにこの企画をつないでくださいー》世界各地で暮らす26歳たちによる「26歳」をタイトルにしたエッセイ集。料理人から宇宙工学者、俳優から機動隊員まで、総勢48名の等身大の文章が掲載されています。
作 椋本湧也
26歳ってそんなにもういろいろ人生経験をしているものなんですか? へえ……。と思いながら読んだ。なんというか、本当に漠然とした感想になるけれども人って生き方がそれぞれだし考えも共感できたり共感できなかったりするし「いろいろな人生が在るのだなあ」と思わされた。この本に寄稿してる人の中には結構海外に出て暮らしている人がいて、その経緯や暮らしについて綴られている文章を読みながら、そんな気軽さと思い付きでどうにかなるのか? という思いと、いいやここで書いている人はえいやという思いで行ったと書いてはいても実際はすごく頑張ってすごく努力してるはずなんだ……わたしなんかとは比べ物にならないくらい……という思いで揺れ動く。一度しかない人生、四半世紀を生きたところで海外に行く決断ができるだろうか。ずっとじゃなくていいから暮らしてみたいという気持ちはある。一度きりの人生なんだよな、と思えると決断できそうな、でも、現実を顧みて躊躇してしまう。人生って難しい、とひたすら思わされた本だった。
6月 白河夜船
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あらすじ:いつから私はひとりでいる時、こんなに眠るようになったのだろう──。植物状態の妻を持つ恋人との恋愛を続ける中で、最愛の親友しおりが死んだ。眠りはどんどん深く長くなり、うめられない淋しさが身にせまる。ぬけられない息苦しさを「夜」に投影し、生きて愛することのせつなさを、その歓びを描いた表題作「白河夜船」の他「夜と夜の旅人」「ある体験」の“眠り三部作"。定本決定版。
著者 吉本ばなな
こちらは3篇の短編がまとめられた1冊。この短編集はいつかの自分が手に取って以降読めていなかった積ん読していた本のうちのひとつだった。読み終えたあとにタイトルを調べて初めて、「白河夜船」という言葉がことわざであったのを知る。意味は「知ったかぶりをすること、または、ぐっすり眠り込んで、何が起こったか知らないことのたとえ」だそうで、嗚呼、収録されている短編に通ずるものがあるな……と改めて納得できた。いい言葉を知ることができた。
この短編集にまとめられている話は3篇とも主人公と近しい関係にある人物が亡くなっていることが共通している。それは親友だったり、兄だったり、恋のライバルだったりするのだが──物語上の主人公は3人ともその事実に大いに哀しみ、嘆き、悲嘆にくれる、……というわけでなく、ただ淡々と喪失を呑み込んでいる。然し、まぎれもなく一人の人間が消え去ってしまったことで発生する、その喪失から徐々に広がる周囲の人間の変化や自分の考え・物事の捉え方に影響が出てくる様が静かに書かれていてそこが好ましかった。喪失の書き方が凪いでいて、死というものが、ひんやりとした涼やかな風のように思える。
3篇とも、今ある生活の中で都度都度亡くなった人間を追想し、亡くなった人間の名残とも呼べる言葉や思い出が周囲の人間に残されていたりする様、また、自分の中に残った記憶を頼りに自らの想いや考えを確かめる主人公の姿を読者は観測していくことになる。死というありふれた喪失をきっかけに代替えのきかない悲しさやさみしさがうまれ、それを抱えてその後も生きていく様が主人公やその周囲の人間を通じていろんな姿で描かれていて、それが個人的にはとてもよかった。個人的に大好きなのは、海外の恋人と付き合っていた兄──この兄は事故で亡くなっている──にとてもよく似たこどもと主人公がホテルで一瞬だけ邂逅するシーンだ。いい書き方だな、と思った。だって、喪失を得た人間にはその先がある。時間は経過し、生活も続く。それを書いてくれる物語は優しいな、と思う。