監督・脚本 尾石達也
映画館で鑑賞。144分。
あらすじ:ストーリー 高校3年生に進級する前の春休み。 阿良々木暦は美しい吸血鬼に遭遇する。 手足を失い瀕死の彼女に助けを求められた暦は、恐怖と葛藤の末に彼女に血を与える。 しかし、目覚めると吸血鬼になっていた暦は人間に戻るために、彼女の失われた手足を奪還しようとする。
わたしはD.Gray-manだとロードが好きだ。FGOだと酒呑童子が好きだ。掴みどころがなく、幼い見目でいて極めて残酷、それでいて最強というおんなの子に強く惹かれてしまう。おさない体躯で無双するそのキュートさとかっこよさのギャップに弱い。その好きの原点にいつまでも立っているのが、物語シリーズの忍野忍、もとい旧キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードだった。忍はわたしの中でも特別なキャラクターにあたる。単に推しと呼ぶには熱量に差がある。学生時を埋め尽くされた存在だ。なんといってもわたしは阿良々木暦との関係も併せて忍野忍が好きなのだ。
「お前が明日死ぬのなら僕の命は明日まででいい― お前が今日を生きてくれるのなら、僕もまた今日を生きていこう」
「お前様が明後日死ぬのなら、儂は明々後日まで生きてー 誰かに、お前の話をしよう。 我があるじ様の話を誇らしく、語って聞かせよう」
傷物語は随分前に原作を読んでおり話の流れ自体は粗方知っているものの、2016年の三部作を観に行けなかったため此度の公開をとても有難い機会だと思い仕事終わりにレイトショーを観に行くことにした。(ネイルを変えるついでに金曜日に行こうとチケットを取った日の夜、土曜日から特典第二弾・忍のラバーストラップが配られるとXの公式アカウントがポストし、それを知ったわたしは血の涙を流した。)推しはやっぱり大きな画面と大きな音楽で浴びたい。推しならどれだけ大画面でも大音量でもいい。
果たして傷物語は傷の映画だ。消えない傷を与える映画で、消えない傷を与えられる映画で、傷に苛まれる映画で、傷を抱えてこれからを生きてゆく映画だ。
さて、映画の全編を見ての感想だが、話の内容は知っているので主には映像の表現やキャラクターたちに重きを置いたものとしたい。まず始めにアニメ映像での表現はここまで自由なのか、否、自由にしていいのかと真に思わされた。流石シャフトと言うべき目まぐるしく変わる画面、ちょっと遠回しすぎるようにすら感じる比喩映像、いつものパロディなど、良く言うなら飽きない。悪く言うならくどいくらいだ。
シャフトの表現は多くの人が知っている通り独特で唯一無二だ。突然挟まる実写、画面の暗転、がらりと絵柄を変えてきたり、ゆっくりと振り向くシャフ度、駐輪場に留められているありえない量の自転車など……それが144分という時間に一杯一杯に敷き詰められ、余すことなく濃厚なシャフトみを味わえる映画もそうないだろう。この点だけで言っても、わたしの中での傷物語は相当に価値のある映画だった。多感な学生時代を物語シリーズとシャフトにおかされて生きていたので、見ていてこんなに楽しめる映画もなかった。濃度200%のシャフトを大画面で浴びにやってきているので、この点に関しては申し分がないほど最高だった。
逆に言えば、シャフトに耐性がありシャフトをそれなりに愛していなければ見ていられない映画だろうとも思った。傷物語-こよみヴァンプ-は物語シリーズを俄かに知っているだけの人やシャフト初見の人間が見てもほとんど面白みを感じない映画であるだろうと確信する。
物語シリーズを見ている人間なら、傷物語の原作を知っている人間なら、補完ができる。キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが忍野メメに名付けられて忍野忍となり、偽物語の浴室にて久方ぶりに会話を交わしいずれドーナツを頬張る忍とドーナツを買わされまくる暦の未来を知っているので、傷物語で描写されるふたりの関係の始めややりとりを十全に楽しめるだろう。この映画は、忍野忍もといキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと阿良々木暦の物語と物語シリーズそのものを愛していなければ満足に鑑賞の完走に至ることのできない映画だった。そのくらい、大幅に削ぎ落とされている。そして大幅に詰め込まれている。傷物語は完ッ全にファン向けに作られている、一見さんお断りの映画だ。原作を読んで脳内で妄想を煮詰めていたファンに差し出す、ここまでやりますよ! というシャフトからのプレゼントのような物だ。少なくとも、物語シリーズ十年来のファンであるわたしはそう受け取った。好きでいてよかった、と思わされた。この映画を楽しむには愛が要るのだ。
そしてこれは個人的な感想で贔屓目もあるけれども、とにかく作画スタッフが忍もといキスショットのことを終始うつくしく描こうとしてくれていることに尽力している心が伝わってくる映画でわたしは都度心底喜んだ。地下鉄で四肢をもがれて千切れた腕を叩きつけながら暦に助けを乞う姿は哀れで幼く、然し吸血鬼として月を背にまなこを細めて君臨する彼女は孅媛で最強で残酷だ。月を反射する金髪のまばゆさ! 赤いドレスを纏って歩く堂々とした様! すこしだって美しくなく、愛らしくないキスショットは映画に存在しない。自らの四肢を食べて成長していく様を見せられるくだりなんて、幼女から少女へ、そして女性へと変わる姿の全部が見せられるんだから凄い贅沢だな……。と感動したくらいだった。(わたしは偽物語のアニメで忍が余接と戦うために暦の血を吸って高校生程度に成長するシーンが大好きで、サッカーの録画のためにそのシーンが出てくる回を父に消された時はギャン泣きし怒り狂ったものだった。パーカー姿にサイドテールがあんなに可愛いのに!)そうして彼女を可愛らしく魅せる手順を踏み、クライマックスの怪異足る面が遮る物なく真っ向から映る様は展開がわかっていても尚息を呑むものがあった。素晴らしい。この差があってこそ彼女は愛おしい!
然してキスショットが映った以外のシーンの感想は概ね下記の通りだ。(愛がないわけじゃないが、彼女が出るシーンを心と目に焼き付けようと必死だった。嘘じゃない。)
異様に力の入ったパンチラシーンは、まあ必要なシーンではあるからな……と思いつつそれでも執拗なパンツの接写に苦笑してしまった。羽川に友達のことで問われた際の阿良々木暦の「……人間強度が下がるから」とかいう巫山戯た台詞が結構好きだったのでカットされていたのが惜しい。浦原喜助が好きなオタクだから、忍野メメが登場してきたシーンはテンションが上がった。ドラマツルギー・エピソード・ギロチンカッターはビジュアルを知らなかったのでこんな顔をしていたのかと驚いた。(それにしてもエピソード、デッカ十字架を背負う時点でキャラデザとして完璧なのに挙げ句の果てに顔まであんなに良すぎるのはやりすぎている……。)キスショットvs暦に対し三人との戦闘シーンは存外シンプルでそこに重きを置いてませんよというシャフトの意図を知る。目の前に垂れた恋に手を伸ばせない厄介な羽川翼のことが大好きなので傷物語の羽川翼は当然愛おしいのだが、改めて見ると距離感の詰め方が異常で普通に見ていても怖いくらいだった。然し、彼女の善性の実を知っているので痛ましい。(あと脇腹からこぼれる大腸ダンス、すごく良かった!)阿良々木暦は、その……だいたい叫び声を上げるか情けなく泣くかをしていたな…………。ポップなグロテスク描写の主な対象とされていたものの、映画ならではの作画の良さがあらゆる表情に対し存分に発揮されていた。暦の目玉接写を集めたらきっとそれなりの分数になるだろう。そして彼の特徴であり彼の良いところでもあるあの愚かさと自分勝手な救いの手を取ろうとする姿勢は嫌いじゃないので、傷物語でありありと見られて良かった。みんなが不幸になる選択を取ってでも、阿良々木暦はキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードを助けない。怪物と人という圧倒的な断絶に阻まれても、どうしたって一人の吸血鬼を殺したくない。
わたしが熱心に物語シリーズを見ていたり読んでいたのは学生の頃だった。傷物語を見た今は社会人だ。考え方が当時と少し違う。感覚も異なる。うん? と思う点もたくさんある。それでもやっぱり、忍野忍と阿良々木暦のふたりの関係性が好きだと強く思わされた。愛情を確認させてくれる映画はいい。これからも長く、物語シリーズを愛させてほしい。