2024年映画鑑賞録 8『AIR/エア』

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監督 ベン・アフレック

Amazonプライムで吹き替え版を視聴。112分。

あらすじ:1984年。シューズメーカーのナイキは人気がなく低迷が続いていた。営業のソニーは、CEOからバスケットボール部門の立て直しを命じられる。妙案が浮かばず苦悩するソニーは、ある時1人の選手に目を付ける。

まず初めに言いたい。すごくおもしろかった! 最高の映画だった!『アトミック・ブロンド』『ロスト・エモーション』『哀れなるものたち』に並んでわたしの人生のベストに入る。それも、何回だって観たい映画として!

この映画は昨年、ザファ(スラムダンクの映画の略称)を観に映画館に複数回通っていた時に予告で目にして気になっていた映画だった。何せ、桜木花道の履いているあの特徴的な赤いバッシュがNIKEの「エア・ジョーダン」だったのだ。この、絶妙なタイミング……! プロモーションがうますぎる。ただ、観に行きたいなとはおもいつつ、ザファで宮城リョータを観に行ってばかりで結局見逃してしまった映画でもある。

花道は、作中で赤のエア・ジョーダンを花子と出かけた先のスポーツショップのバッシュオタクの店長からその時手持ちにあった30円で購入(購入と呼ぶには……といった感じではある。)するのだが、なんというか、「エア・ジョーダン」の誕生秘話を観てからだとそのシーンに対してもずいぶんと見る目が変わる。試合の映像でソニーがマイケル・ジョーダンを見初め、出資するなら彼しかいないと惚れ込んだように、桜木花道にもバッシュオタクの店長をうなづかせるに値する、確かにバスケファンを惹き付ける否応ない魅力があったのだ、と思う。彼はまさにスラムダンクにおけるマイケル・ジョーダンであり、あのエア・ジョーダンを身に着けるにふさわしい選手だった。

端的に言えば、「AIR/エア」は仕事の映画である。サラリーマンの奮闘記である。いち大企業の中にある、ここ数年業績が落ちている部門に属する社員がみんなでなんとか持ち直そうと奮起する話だ。起承転結はとてもシンプルでいてわかりやすい。バスケを知らなくってもちゃんと楽しめる。バスケが好きで、NBAが好きで、マイケル・ジョーダンが好きならもっと楽しめる。日々会社で働く社会人なら見ていてデジャブ感すら感じるシーンが多々ある。そういう映画だ。まっすぐな映画で、心が揺さぶられる。取引先との電話でのやり取り、社長への直談判、自分の考えたプランに同僚からの理解が上手く得られなかったり先を憂うあまりに身動きが取れないもどかしさ──社会人として働いているからこそ覚えのある悔しさ、面倒くささ、ままならなさ、苦しさ、悔しさ、そしてかけがえのないうれしさが、この映画にはたっぷりと詰まっている。スポーツを愛する人なら誰だって知りたい裏側を、愛のある造りで見せてくれる。眺めていてじんわりと涙がにじむ。

今を生きるわたしたちはNIKEが世界的な大企業であることと、マイケル・ジョーダンがバスケ界においておそらく最高峰の選手であることと、エア・ジョーダンというシューズの知名度の高さを識っている。十全でなくとも、ある程度には! ここがこの映画のずるいところだ。誰だって名を知るだけの価値がある、あの成功の元には果たしてどのような努力があったのか。誰が圧倒的な熱を抱いてあれを生み出すために動いたのか。先に栄光が在るとわかったうえで過程の苦難を見てゆくのはへんにストレスがかからない。この点においても「AIR/エア」は優秀だった。ただただ面白い。

この映画の魅力のうちのひとつは、主人公のソニーを含めアディダス好きでNIKE嫌いなマイケルとNIKEを何とかつなごうと奮闘し、働く彼らの会話がとにかくテンポよく、聞いていてとても楽しいという点にある。ソニーの周囲にはウィットに富んだ会話を織りなすことのできる人間があふれており、会話の多い映画であるのに全く苦にならない。これは、洋画ならではのテンポのよさだよなと思わされた。にしたって、会話がうますぎる……。小説を書く作業において登場人物同士の会話を書くことに苦手意識を持つ人間なので、個人的にその点に関しては勉強にもなった。

数ある会話の中でも「靴はただの靴。」というのがこの映画においては特に印象的なセリフだ。靴はただの靴。その通りだとうなづかされる。だって、他の誰でもないあのマイケル・ジョーダンが履いたから、NIKEのエア・ジョーダンはエア・ジョーダン足れたのだ。靴の価値は物そのものに宿っているのでない。価値をもたらすにふさわしい誰かが履くこと、それこそが何より重要なのである。

マイケルに対するソニーの先見の明は、マイケルの中に在る真のかがやきをソニーが見たのは、ただの直感や勘だけでなく彼が長年バスケと向き合っていたからこそ発見できたものだ。それは、深夜に何本も何本もビデオテープを繰り返し見たり、コンビニ店員とバスケの会話を交わすあの序盤の描写を踏まえたシーンを見せられるから観客に対しても十分な説得力を持っている。同じ部門にいても、注目選手の属する大学がどこにあるのか知らない、プレイに対しありふれた浅い感想しか言えない。それぞれの選手の特徴を確認してもいない、バスケへの理解がなされていない発言を繰り返す社員と相対しながら、バスケを愛し選手をひとりひとり研究するソニーは温度差とその現状に苛立ちを覚える。予算は割けない、部門がなくなるかもしれない、社長から首を縦に振られることはないまま、仕事が積み上がり人間関係は悪化し、時間だけが過ぎてゆく。その暗雲の立ち込める様は、社会人なら経験のある方も多いんじゃないだろうか。少なくともわたしにはあった。胃が痛くなる思いをしながら観ていた。

(少し話がそれるが、1984年代はコンバースがバッシュのシェアの多くを占めていたなんて知らなかった。コンバースと言ったらハイカットスニーカーのイメージなので……。コンバース60%、アディダス25%、NIKE14%の順というシェアの並びに違和を覚えるのは今だからこそだろう。調べてみると、今はNIKEがバッシュ市場において70%のシェアを持っているというのだから、40年でシェアを5倍にした挽回っぷりには驚かされる。)

この映画においてもうひとつ魅力的なのは、ソニーが取引をするにあたって大きなカギを握る、マイケルの母──デロリス・ジョーダンの存在だった。聡明な女性が好きなので、彼女の佇まいや姿勢がわたしにはとても刺さった。母親として、彼女は自分の息子が持っている才能を誰よりも理解しており、その価値についても把握している。息子の歩く未来を母としてきちんと見据えている。アディダス、コンバース、NIKEのどれもがマイケルとの契約を欲している中で息子の才能に正当な対価を払ってくれる企業を見極める彼女のおおきなまなこは真実を見る黒だった。間にエージェントを挟まず家に突然やってきて直談判しにくるソニーを、彼女前にしても、彼女の視線のまっすぐさは揺らがない。その偉大さと言ったら……! 圧巻だった。穏やかな口調で、デロリスはソニーに言う。『マイケルジョーダンのネームバリューはNBAを上回る』。そして、名を冠する靴が売れるたびに、売り上げに一部をマイケルに入るようにすべきだと。──彼女の提示したその条件が、その後どんどん生まれゆく素晴らしいプロスポーツ選手たちの未来をを大きく変えるのである。

映画では、終始マイケルの顔が映されることはない。1984年時の出来事を描いているからこそ、その未来に在る今のマイケル・ジョーダンに関する映像──トロフィーを持つマイケル、マイケルの父が射殺されたニュース記事、恋人とのツーショットの報道など──は流れるものの、役者の顔は徹底的に排除されている。意図的なものだ。この映画の主役は彼でなく靴で在り、その制作と誕生に尽力した人間の話であるがゆえに。

エア・ジョーダンの制作過程もまた、面白かった。NBAの規則に靴の色に関するものが在るなんて、全然知らなかった。調べてみると、『ユニフォーム統一性に関する規約』なるものがあり、白基調のシューズ以外は禁止されていたのだと。履いた場合には毎試合5000ドル(約40万円)の罰金が課せられる……。エア・ジョーダンの作成に当たって赤を主としたバッシュを作るためこの規則を無視することにしたNIKEはある種大きな宣伝効果として罰則を活用し、マイケルのルーキー時代に発生した罰金をすべて支払ったという。企業として決断するにはなかなか危うい橋だ。彼が履いた黒と赤の組み合わせのスニーカーは、『Banned(禁じられた)』というニックネームが付けられ、規則を違反していても、否、違反しているからこそそれを履き続けたジョーダンに、アメリカの青少年たちがさらに魅了されたそうだ。ここまでを知って思わず膝を打つ。だって現実で起きているにしてはちょっと、いろんなドラマがありすぎる……!! そりゃ、映画映えもする!

マイケルとNIKEの契約が決まったシーンは、ソニーと同じくガッツポーズをしてしまったものだった。たゆまぬ努力が実る様を見るのはいつだって感動する。

エア・ジョーダンは今では毎年40億ドルの利益を生み出しているそうだ。エア・ジョーダンを生み出すまで、一番売れた靴はせいぜい300万ドルだった昔のNIKEを見せられてからその文章が映像に現れるので、驚きに声が出る。エア・ジョーダンの売り上げからマイケルには年間、4億ドルが振り込まれるのだという。つくづく偉大な靴だ、と思う。革命の靴だ、と思わされる。きっとエア・ジョーダンが在る限り、マイケル・ジョーダンの名は後世に残り続ける。彼がいつか亡くなっても、わたしたちが死んでも。

@a_waltz_at3pm
自我の置き場(1週間日記・本と映画感想記録)