監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
Amazonプライムで字幕版を鑑賞。133分。
あらすじ:天才鑑定士の男に、家族が遺した美術品を鑑定してほしいという依頼が舞い込む。その屋敷を訪ねると、依頼人の女性は身を隠したままで、言葉のみでのやり取りが続く。そして、男は徐々に彼女の姿を見ることを渇望するようになる。
事前情報を何も仕入れず見るべき映画だとSNSで見かけたので、先人のお言葉にしたがい何も情報を仕入れずに観た。タイトルからして、鑑定士という職人の主人公があらゆる美術品を前にその審美眼を活かして謎を解いていくタイプの映画だろうか……。と予測していた。
然し内容は予想していたものと全然違った。途中からは、嗚呼そういうタイプの恋愛映画か……。と思ってばかりいたのだけれども鑑賞後の感想は「一体いつからどこまでだ……!?」である。なんて映画だよ、とすら思った。なんて映画だよ。
とにもかくにも、あまりにも皮肉が効きすぎている映画だ。美術品に関して真贋を見抜き価値のある作品をいち早く見つけられる力を持つ孤独でやや潔癖気味の天才鑑定士・ヴァージルを主人公に据えている時点で、観客はその設定を頭にインプットして鑑賞することになるのだが、これが既に伏線であったとは……! 観終えてわかる伏線の多さといったら! 天才鑑定士であっても、真実の愛を見抜くことは叶わないのだと突きつけられるあの、素晴らしい絵画がいくつも飾ってあった部屋が伽藍堂になっている空間の恐ろしさといったらない。そこに残されている、あの機械人形に踊り子の絵。奇怪で不気味で悍ましいそれを画面に収められながら、観客の頭にはヴァージル自身の言葉が蘇る。「贋作者は必ず痕跡を残す」…………。
ヴァージルを誑し込むクレア(偽)の人生は謎めいており、彼女自身が自分のことを頑なに秘匿しているからこそその魅力は否応なく日を重ねるごとに増してゆく。(この徹底しているようで隙のある加減が、人の心理をよく理解している上での行動だとよくわかるので凄まじい。)部屋から一向に出てこない女性。ヒステリックで情緒が不安定で、最初は電話越しでしか行えなかったそんなコミュニケーションは、すこしずつ餌をたらされるように彼女の情報をちらちらと与えられるものに変わってゆく。それは丁寧で、小出しで、どこか神経質にも思える絶妙な手際だ。あの屋敷の使用人、ヴァージルの目を見事に掻い潜ったロバート、……彼彼女らが費やした設定は何から何まで完璧で、その奇妙さがもはや現実的であった。ここまで用意できたなら一級のストーリーテラーである。だからこそ観終えてからずっと思っている。あまりにも用意周到がすぎて、その復讐心の大きさに慄いてしまうくらいだった。時間をかけて、的確に相手を潰してやろうという意志が強すぎる。本当に一体いつから? そしてどこからなんだ……?
どんでん返しものと呼ぶことが正しいのかわからないけれども、度肝を抜かれたのは事実だ。本物のクレアが出てきた時、嘘でもなんでもなく震え上がった。体の小さいキャストを選んだのはそういう意味なのか……? と思わされた。(実際、機械人形の話を出している時点でそういう意図は含まれているだろう。機械人形の内側に小人がいて、実際に話しているのは人形でなく小人だったというあのくだりは重要なシーンだ。)前情報なしで見るべき映画であるというのはその通りであった。けれど、面白いとかなしいは心に同時に発生する。心が痛むバッドエンド映画ではあるので、観終えたあとは普通に沈んだ気分になりながらエンドロールを早々に切った。話題になるだけのことはある、と思わされた映画だった。