Bluesky に投稿した #2024年の本ベスト約10冊 の内容を書きます。
ランキングではなく読んだ順番です。
北森嘉蔵『聖書と西洋精神史』、教文館
神学と哲学の関係について学びたくて読んだ本。聖書を単なる宗教書としてではなく、西洋思想史的文脈の中で読み解こうとする試みであり、信仰と文化の間にある緊張関係を探求し両者が互いに影響し合う様子を描き出す。講話テープを起こして整理したものということで文体が柔らかく、ボリュームも控えめで、西洋思想史の入り口としてちょうど良かった。

カント(中山元訳)『純粋理性批判』全七巻(光文社古典新訳文庫)、光文社
読んだといってもわからないところは流して、とにかく通読第一で読んだので、意見や感想を述べるレベルには達していない。選出するのも烏滸がましいけど、一周目読み終えたよ記念です。とは言っても自分なりに得たものは大きく、この本を通して視界が開け、他の読書にも大きな影響があった(特にプルーストとドストエフスキー読解において)。次は別訳で再読したい。
ドストエーフスキイ(米川正夫訳)『悪霊』(岩波文庫赤614-2,614-3)、岩波書店
スタヴローギンを嫌いになることはできない。信じることができない哀しみを最も極めているという点で、ラスコーリニコフやイワンよりも哀れなこの人に、どうしてソーニャやアリョーシャがいないのか。神なき人の救いのなさから翻って、キリストの愛と赦しの道を捉え返すという点で、『白痴』と反対の極限で示される悲劇だ。読後の陰鬱な気持ちが忘れられない。
トゥルナイゼン(国谷純一郎訳)『ドストエフスキー』、新教出版社
『悪霊』とあわせて読んだ一冊。ドストエフスキーがつきつける「人間とは何か」という問いに対して、『罪と罰』『白痴』『カラマーゾフの兄弟』の人物を通して答えを探る。そしてそこで提示される「神は神である」という唯一の神認識を以て、ドストエフスキーは無神論や教会の堕落の問題を指摘している、とトゥルナイゼンは読みとく。私にとっては、バフチンの構造的な研究よりも、森有正やトゥルナイゼンが行う神学方面からの研究書の方が参考になるし、読んでいて心動かされることが多い。また、後述の『ドストエフスキーとカント』は哲学的見地から西洋思想とドストエフスキーの対決を論じるのだが、どちらもドストエフスキー読解には欠かせない視点だということを、この一年で学んだ。
カール・バルトの『説教と神の言葉の神学』も積んでいるので、読まなくてはと思っている。
Я・Э・ゴロソフケル(木下豊房訳)『ドストエフスキーとカント──『カラマーゾフの兄弟』を読む』、みすず書房
タイトル通り、ドストエフスキーの思想の中にカントを読み込む研究書。ドストエフスキーがいかに西欧思想を批判、克服したかを、カントの「四つのアンチノミー」を軸に読解する。私がカントを学びたいと思ったきっかけの一つは、ドストエフスキーが西欧思想の何を批判しているのか知りたかったから。なのでこの本は本当に参考になった。
塚越敏『創造の瞬間──リルケとプルースト』、みすず書房
西洋文学における芸術の概念を考えさせられる一冊。『判断力批判』『存在と時間』等、求められる基礎知識のレベルが高く十分に理解できたとはとても言えないが、それでも得ることの多い本だった。知識をつけて再読したい。リルケ、気になります。
ハン・ガン(斎藤真理子訳)『別れを告げない』、白水社
現在進行形で起こっている戦争、紛争、虐殺を、一刻も早く止めてくれと願う。署名、寄付の他に自分にできることの一つとして、こういった題材の小説を読むことは大切だと実感をもって気付かされた一冊。残虐な行為は現在だけでなく未来にも大きな傷を残すということを、フィクションを通して知った。
ヴァージニア・ウルフ(御輿哲也訳)『灯台へ』(岩波文庫赤291-1)、岩波書店
観念的に小説を読むことを実践できて嬉しかった本。実在界と現象界、時間を小説という芸術の上に表すこと、美しい語りで。超越的な視点と登場人物の心情というミクロな視点、それらを自分の中で調和させ処理していく読み方をしなければならない、難しいけれど発見に満ちていてとてもおもしろかった。新潮文庫のStar Classics 版を読む気にはなれない。
プラトン(久保勉訳)『饗宴』(岩波文庫青601-3)、岩波書店
「ヨーロッパの哲学伝統の最も安全な一般的性格づけは、それがプラトンについての一連の脚注からなっているということである」。今年初めてプラトンの著作をいくつか読み、この言葉の意味するところがほんの少しだけわかった。しかし出産準備のため『国家』まで辿り着けておらず、それが本当に心残り。
チェーホフ(神西清訳)『かわいい女・犬を連れた奥さん』(岩波文庫赤622-3)、岩波書店
西洋的な世界観とロシア的熱狂からの脱却。冷静で現実的でありながら、その眼差しに籠る愛と、滲み出る癒やし。生活に浸透するくらいチェーホフを読みたい、と願う。本ばかり読んでいないで、日々の暮らしと向き合わなくちゃなと思う。そんなところが好きです。
お気に入りの短編がいろんな文庫に散在しているのでどれか一冊というのが難しい。「ねむい」が収録されている岩波文庫赤623-5『カシタンカ・ねむい』、「学生」「曠野」収録の岩波文庫赤623-6『子どもたち・曠野』、「ともしび」収録の岩波文庫赤623-7『ともしび・谷間』が好き。「可愛い女」「犬を連れた奥さん」は岩波文庫赤622-3が神西清訳でおすすめだけど、新潮文庫版の小笠原豊樹訳は「中二階のある家」も収録されている上に手に入りやすくて良い。
去年の末ごろ、「来年はプルーストとドストエフスキーをベースに、プラトン、カント、バルザックを読みたいなぁ。ドストは『悪霊』を重点的に読みたい」と呟いたのだが、バルザック以外、自分的には満足のいく結果だった。特に、わからないながらも純理を一周できたことが嬉しかった。そこからドストエフスキーとプルースト読解の新たな局面に入ることができたし、西洋思想史と出会うこともできた。
五月ごろから妊娠の影響で思うように読書ができず、たくさんは読めなかったけれど、この先もずっと読み返したいと思える本と出会えたことが嬉しかった。来年もしばらくは余裕がないかもしれないが、積み重ねたものが無駄にならないよう隙間時間に本を開きたい。