鷹の鳴き声がする。
見上げると遥か上空に飛ぶ姿が見えた。
空はまだ明るく、日の入までは少し時間がある。
見馴れた、だが人が近寄ることは滅多に無い野に立つ。
緩やかに吹く風が止む。
不規則に揺れていたススキが動きを止めた。
明日もこの空を見れるだろうか。
そんなことを考えながら目的の場所へ向かう。
手に馴染んだ刀を強く握り締めた。
来なければいいと思った。
いつものように馬鹿らしいと笑って破り捨ててくれればいい。
そう思っていたはずなのに、見馴れた後姿を見つけた瞬間、
肌が一気に粟立った。
最初の一撃で決めなければ。
何度も自分に言い聞かせたはずなのに、切先は頬を掠めただけだった。
その後も男を捉えることはなく、これ以上は無駄だと攻撃の手を止めた。
男が膝をついた状態から立ち上がった。
視線を合わせる前に男の口元が自分の名をかたどるのを見た。
何故、と一瞬驚くも、男の眼と笑みで悟る。
あぁ、この男は全て承知の上でここにいる。
名を書かなくとも、俺からの物であるということを知っていたのだ。
そう理解した瞬間、己の行動が酷く醜いものに思えた。
男が構えるのに倣い、苦い気持ちのまま抜刀の体勢になる。
迷いに呼応するかのように風が吹いた瞬間、
男が一気に間合いを詰めてくる。
一瞬息を飲むも反射的に抜刀した。
火花が散り、男の瞳が間近に現れる。
何よりも焦がれた力強い意思の瞳。
越えたいと願い、鍛練を重ねてきた存在。
だが見た瞬間に悟る。近づき過ぎては勝ち目はないと。
深く考えるよりも先に渾身の力で遠ざけた。
一合、二合、三合、四合。
全力で挑むも互いの癖は知り尽くしている。
五合、六合、七合、八合。
打ち合いを終わらせるのはただ一つ。
九合、十合、十一合、十二合。
長い間、望んでいた瞬間がここにあった。
男が間合いを取り、刀を鞘に収めるのが見える。
そうだな、次が最期だ。
身体の震えは歓喜のものだろうか。
震えは止まらないのに何故だか心はとても穏やかだった。
男の口元が弧を描くのが見え、
一瞬風が凪いで、
声が聞こえた気がした。
「あぁ…俺もだ」
言の葉は一際強い風に消えた。