いまの得意で慣れた席を捨て譲り、あたらしい無能のじぶんを選ぶこと

じぶんの得意な仕事をしようと言われる。あるいは適材適所とか言われている。きっとそれは正しいことなんだろう。とはいえ、マクロで考えたときに、じぶんが得意だからといって居座りつづけていると、下が詰まってしまうこともある。

仕事には、だいたい次の場所がある。ステップ式、といえるほど明確に案内されている段差ではないが、道や道のようなものになっている。やることも変わるし、求められるものも変わる。道をすすみ、出世をすると、やったことないことだけに直面する。得意なことや慣れたことの反復だったところから、差異だらけの異界へと突入する。

できなかったことができるようになり、できるようになり次第、次のできないことをする「再達成と再自己無能化の上昇サイクル」こそが出世の世界観であり、下を困らせないような無害な老害のスタンダードである。

じぶんは、一通りやったら、その慣れた席を、得意になれた席を、下のひとに譲るようにしている。最初はデリゲーションだけでもいいから、バンバン権限移譲していく。じぶんは次の無能をやる。弱くてニューゲーム。それしか老害化予防が思いつかない。

とはいえ、現在32歳、優秀な下が詰まってるのはわかっているが、上も上で詰まっている。わりと面倒くさい。そもそも上が詰まるようになってしまっている人口ピラミッドの構造的なボトルネックもあるかもしれない。上昇して席を空けろ老害ども、と言っても、そうはいかない構造性もある。

できるだけ全体のバランスを見て、じぶんのデリゲーションとかが、局所最適じゃないといいなと願っている。