『PERFECT DAYS』は「機嫌」の映画

福岡 陽 / KOEL
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公開:2024/2/15

映画『PERFECT DAYS』鑑賞。この映画って要するに「機嫌」の話ですよね。

「機嫌」から見る『PERFECT DAYS』

映画の主人公は役所広司演じる、トイレ清掃の仕事をしている平山さん。朝早く起き、THE TOKYO TOILETというクリエイターのみなさんが手がけた珍妙な公衆トイレを日々掃除する仕事をしている(THE TOKYO TOILETのサイトでは実際にトイレのメンテナンスを行なっているチームが紹介されている)。

平山さんはとにかく「機嫌がいい」。掃除した側からトイレを酔っ払いが汚しても、平山さんは木漏れ日を見上げて笑顔を見せる。えっ、そんなことあります???と思うのだが平山さんはそういう人なのだ。古本屋で見つけた小説を読み、カセットで愛する音楽を聴く。フィルムが高騰している今のご時世にも関わらず、フィルムカメラで木漏れ日の写真を日々撮り続ける平山さん。なんと文化的な生き方だろう!しかし物語が進むにつれ、平山さんのバックグラウンドが明らかになってくる。

どうやら平山さんの実家は「いいお家」らしく、父親を嫌って家を飛び出したらしい。つまり平山さんの文化的資本はその育ちによるものがかなり影響してると読める。

さらに仙人のように機嫌のいい日々を送る平山さんでも、トイレ掃除のメンバーが突然辞めてしまい、ワンオペですべてのトイレを掃除して回らなければならなくなった際は管理会社に電話で怒りをぶつけている。ちなみに映画のパンフレットでは役所広司とインタビュワーが「あれくらいで平山さんが怒るとは思えないですよねえ」なんてことを2人で話しているが、いやそりゃ怒るでしょうよ???

映画のクライマックスでは、ほんのりと好意を寄せていた行きつけのバーのママのロマンスの現場を目撃してしまい、どうしようもなく狼狽えてしまう。あまりにも俗な理由で平山さんの「機嫌のよさ」は揺らいでしまうのだ。そしてこの映画のエンディングは平山さんの笑顔と泣き顔が渾然一体となった長回しで終わる。「機嫌よく生きる」にはそれを維持する筋力が必要だし、その筋力はタダでは手に入らない。さらに筋力があったとしてもそれを維持するエネルギーは無限ではない。

昨今「機嫌よく生きる」をテーマにした書籍が多く出版されているが、「なんでも機嫌よく」という姿勢にはアンガーマネジメントと同じくハラスメントのような「我慢するべきではないこと」も飲み込んでしまう危険性も孕んでいる。確かに衝突の距離が短くなっている現在、「機嫌よく生きる」のが理想だがそこにも限界がある、という指摘と捉えるのがよい見かたに感じた。

「意義がある」では終わらせられない問題

と、私の目線からこの映画が伝えたいであろうと感じたテーマを語った後に、2点加えて話してしておきたい。

1点目は発見の視点。この映画には東京スカイツリーが至るところで映し出される。日本に住む私たちは「東京タワーの後継」や「新たな東京の観光名所」という前提で捉えている。が、改めてフラットにスカイツリーという塔が私たちの頭上を覆う存在として描かれていることに新鮮さを感じた。物語に登場する塔というのは往々にして何かしらの意味合いを付与されているものだ。この映画ではスカイツリーが何を意味しているのかはっきりと読み取れるような描かれ方をされていないけれど、なんとな〜く理解できる気がしませんかね。

そういえば『輪るピングドラム』では東京タワーを巨大なダビデ象に置き換えて描いた回がありましたね。

2点目はネガティブな視点。田中泯が演じる、踊る「街の老人」役について。決定的にダメだと思います。ホームレスを薪を背負い、ダンスを踊る現実的ではない "妖精化" しているように見えるのが大いに問題があると感じた。今目の前で苦しんでいるかもしれない人を "美しい存在" として担ぎ上げてしまうのは誠意ある態度と言えるのか。もちろん中には、そういう生き方をしてらっしゃる人もいるだろうけど、全員が全員ではないはず。つまりダンスを踊らないホームレスの方も描写した上で「ダンスを踊る人もいるかもね」という形で描くならその問題を緩和できたと思うし、制作側もその点にも気がついていたと思うのだがなぜそうしなかったのだろうか?平山さんと比較する存在として柄本時生演じるタカシがいたのに、「街の老人」にはそういう描き方にはしないの?なんで???平山さんもそのような "妖精化" が施されているけど、前述のように「実は…」の描写を入れることで逃げているとは思う。でも「街の老人」はそうじゃなかったじゃん、とは言いたい。

同様の指摘は下記エントリーでもされていましたね。

映画が伝えたいであろうテーマに関してなるほどとは思う、が、この映画に関して、素晴らしい点は山ほど挙げられる一方で「ずるいよね」と思う点も多くある。

私たちは「東京スカイツリーは(ピングドラムで描かれているところの)ダビデ像である」という指摘をすると同時に「それを言う私たちもダビデ像ではないか?」と問うこともできるのではないか。

@akirafukuoka
福岡陽(akirafukuka) NTTコミュニケーションズ デザインスタジオ KOEL 所属 ntt.com/lp/koel ブランドストラテジストとして「善いブランドを創る」ためブランド/ストーリーテリング/デザインを扱う仕事をしています。