真田広之とバカの文章で期待値を調整する

上のYouTube動画は2021年の映画『モータルコンバット』の冒頭7分間のシーンである。一家の幸せが一瞬で崩壊する悲劇と、真田広之の60歳(!!)とは思えぬアクションに圧倒される素晴らしいオープニングだ。さて、このシーンが終わった後、映画のタイトルである「MORTAL KOMBAT」の文字が大写しになる。そして画面が暗転し、黒バックに以下の文章が表示される。

人間界に危機が迫っていた

次の武術大会に負ければ魔界に支配される

だが古い予言によれば——

ハンゾウの血統が蘇り——

新たな王者の一派が結成される

最初の2行を読んだ瞬間、観客は誰しも「あっ、この映画は真面目に見ちゃいけないやつだ!!!!!!!」と気が付く。だって「次の武術大会に負ければ魔界に支配される」だよ?????????次の武術大会って何???? 魔界の偉い人、武術大会やってないで普通に支配しよ???????

もし私が「この映画にとって最も重要なシーンは何か?」と問われれば真っ先にこの2行の文章が流れるイントロダクションを挙げるだろう。この2行の文章のおかげで、映画の期待値が適切に下がり、馬鹿げた設定や意味もなく残虐なフェイタリティ、いちいち目が光る愉快な浅野忠信を、何も考えず腹の底から楽しむことができるのだ。

ここから私たちが学べることはなんだろうか。「期待値を調整する」という言葉は何かとビジネスの現場に登場する。例えば顧客に対して過度な約束をしすぎると、そこそこの成果を出しただけでは喜ばれなくなってしまうから注意しろ、という意味合いで使われる。が、それだけでは「後々のことを考えて期待値をとりあえず下げとこう」という無難なムーブに終始してしまうだろう。一体そんな人に誰が仕事を頼みたいと思うだろうか?

ここまで読めばもうお気づきだろう。期待値を "調整" することが必要であり、そのために必要なのが「真田広之」なのだ。顧客のファーストインプレッションとして真田広之をぶつけ、一定の期待を持たせる。がその後 "例の2行" でその期待を一定まで下げる。そして最後に(ネタバレではあるが、もはやネタバレでも何でもないと思うので書いてしまうが)真田広之をもう一度登場させて最初の期待に応える。過程はさておき、映画館を後にした観客には清々しい印象が強く残るのだ。

——そういった仕事のしかたが本当にいいことなのかどうか、それは各自で考えていただきたい。

@akirafukuoka
福岡陽(akirafukuka) NTTコミュニケーションズ デザインスタジオ KOEL 所属 ntt.com/lp/koel ブランドストラテジストとして「善いブランドを創る」ためブランド/ストーリーテリング/デザインを扱う仕事をしています。