花を生けたガラスの花瓶がテーブルから落ちた。それは鋭い音を立てて割れ、みるみるうちに若葉色のカーペットに水を染み渡らせる。濡れた部分が真緑色に浮かび上がり、その上に投げ出された橙のガーベラが、いたく項垂れたようにして哀れを誘う。
私は、ニ、三の花を拾い上げようとし、ガラスの破片で指を切った。その切り口から血が滲み出す。ここまでの一連の流れに、どこか覚えがあった。
血をティッシュで拭いながら、前はいつだったかと頭を巡らすも、思い出せない。
指には、また鮮やかな血。止まるまで少し時間がかかりそうだ。
壁時計に目をやると、針は三時二十七分を指し、行儀良くチクタクと動いている。時間の過ぎゆくことがひどくおそろしく思えた。私は、この後のことを知っている気がした。
きっと、もうひとつ、傷が増える。
背後から伸びる薄灰色の影。
振り向けば、確かになる。しかし、私は何の躊躇いも無く振り向かざるを得ないのであった。