2025年3月【レオス・カラックス『IT'S NOT ME』観た】

とも(aktm)
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公開:2025/3/25

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ブルク13で開催の『横浜フランス映画祭』でレオス・カラックス監督の『IT'S NOT ME』を観てきたよ。私はシネフィルでもなんでもないのでレオス・カラックスの作品を知って観たのは若い頃大好きだったART-SCHOOLの曲名に引用されていたからなんだけども。とはいえ20年は経ってるわけだから今思うとそんなきっかけをくれたARTに感謝だよ。今回横浜で新作上映、しかも監督も上映後登壇するということだったので行かなきゃ!となったのでした。

作品自体は40分くらいと短いのだけど、セルフポートレート的な内容で、映像と語りと音で編集編集編集と畳み掛けてきた。夢の中みたいなんだけど、不思議と破綻してないし現代に対する怒りをストレートに感じた。でも娘や動物やドニ・ラヴァンとのお散歩や慈しみを感じるところもあり、ポンヌフの花火や汚れた血疾走シーンなど自作を引用してたりもするので本当にカラックスの現在をまとめたって感じだった。印象的だったシーンは海で倒れてる難民のこども(つらすぎる)、電車の扉が開いて飛ばされていく人(気にしない車内)、独裁者たち、カラックスの娘のピアノ演奏、瑕のない美しさはないということ、瞬きができないということ。あとニーナ・シモンとデヴィット・ボウイが使われてて、特に最後のボウイ『Modern Love』にのせて人形(黒子が操っている)がアレックス疾走するのすごく良かったな。こんな世界だけど進むしかないじゃんね、というか。息つく暇もない編集なのであっという間に終わってしまったよ。そしてすぐに監督登壇。私は前から一桁台の席だったのでよく見えたんだけど、ブラウン系でまとめた洋服でおっしゃれーかっこいーってなりました。入ってきた時は帽子もかぶってたんだけどすぐとってしまっていたね。茶色の上着を脱いだらマスタード色のダメージニットを着ていてすごい素敵でした。(撮影可だった)

進行役のかたと通訳さんが入って、Q&Aコーナーに入った。通訳はフランス語ではなくて英語だった。監督も英語で答えるスタイル。質問する人は英語だったり日本語だったりしたけど観客も気合入ってて凄い。私のようなものが混ざっててすまんな、という気持ち。ひたすら英語で監督愛を伝えて質問が疎かになってる人もいて微笑ましくもあった。伝えられてよかったね。

日本に対する印象を問われて、「世界一奇妙」「政治的にも」と答えていて会場は笑いが起きてたけど、自分的には「そう…っすね…」という気持ちになった。依頼してきたのに東京で撮影するときめちゃめちゃ大変だったそうです。小津安二郎の墓参りして煙草を供えてきたことも言ってた。デヴィット・ボウイが多用されてることについての質問には、ニーナ・シモンとデヴィット・ボウイはずっと聴いて生きていて感謝を表したかったみたいなことを言っていた。あと現代は音や映像が多すぎて瞬きができないのでもっとクリーンにならないと(気候変動や環境的な意味でも)と言っていた。ずっと仕事を共にしていた撮影監督のジャン=イヴ・エスコフィエが亡くなったことにより、もうフィルムで映画はとらずデジタルで撮るとも言っていた。目が疲れるけど、と。映画も変わっていくものだからとも言ってたし、AIだって使うかもしれないし、と昔ながらの~に拘るタイプではないのだよね。

下記はその時の記事の引用なんだけど(ちゃんと覚えてなかったからありがたい)

「私は夢の中で、鏡の前に立っていたんです。でも目を閉じている。なのに自分が見えるのはなぜだかわからないと思った。それで目を閉じて、自分を後ろから見た自画像のようなものを撮ろうと考えたんです。ただ、過去を振り返るノスタルジックなものではなく、私が怒っているということを出したかった。昔のことを考えるより、育って成長していくものを見るほうが私は好きですね」

って話が良いと思った。映画観ながら怒ってるな~と感じたのは合っていた。あとこれを作ってる間にゴダールが亡くなったということも言ってた。「瞬き」についてはわかるというか、ようはこの視覚情報や刺激が多すぎる現代めっちゃきつくない?ちょっと落ち着こうよ(意訳)と言っていると思うんだけど。アテンションエコノミー時代、本当に疲れるよな…。あとこういうセルフポートレート的に自分で映像をまとめるのすごく良いから子ども達もやるといいね的な事も言ってたな。

質問に対して時にユーモアも交えて丁寧に答えていてとても素敵でした。Q&Aタイムは45分くらいあったので映画含めて濃い90分だったな!行ってよかったです。

@aktbon
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