今、"生きることに疲れ"、休職をしている。
そこそこ有名な大学を卒業し、第一志望の企業に就職し、仕事で何度か表彰され、昇進スピードにも満足している。そして、若くして結婚もしている。
周りから見れば、順風満帆な人生を送っているように自分でも思う。
ただ、そんなある時、糸が切れ、頑張れなくなってしまった。
休職してそろそろ1ヶ月経ち、かなり心は落ち着いてきている。そんな時、「心の休ませ方」という本と出会い、自分のこれまでの心情が言語化されていて、すごく腑に落ちた。

うつ病患者の心理を紐解き、"生きることに疲れてしまった心"がどうすればラクになるのかについて綴られた本である。
幼児的願望を満たされず育ってきた人は、自己執着に陥り、他者に認められたいがために、良い子であろうとする。そして、人から利用されることを当たり前と受け取ってしまう。心の葛藤に苦しみながら社会的には過剰に適用していく。しかし、本人が気が付かないうちに、ものすごい量の憎しみが心の底に鬱積する。憎しみの感情を吐き出すことができず、捌け口を失った憎しみは行動力を奪う。やがて自分の惨めさを誇示することでしか生きていけない「惨め中毒」にかかっていく。そうして、心の葛藤によってエネルギーを消費し、生きることに疲れてしまう。
振り返ってみると、まさに自分のことだとハッとしてしまった。
親からかなり厳しく育てられてきた。幼少期、剣道教室に通うのがとても嫌で嫌でしょうがなかったが、親に逆らうことができず、7年間も通っていた。他にも習い事を多くやっており、友達がいっぱい遊んだりゲームをしているのを羨ましく思っていた。が、もっと遊びたいとかゲームをしたいとか言うと叱られてしまう。小学生の時、門限が17時だったが、時間を忘れて遊んでしまい、門限に間に合わなかった時が一度だけあった。ひどく叱られ、挙げ句の果てに家に入れてもらえなかった。だんだん親に背くことは少なくなっていき、「良い子」になっていった。
寿司が好きで、小学生のときの将来の夢が「お寿司屋さん」になることだった。が、親から安定した職についてほしいという願望があったため、中学生の時に言っていた将来の夢は「ごく普通の公務員」になっていた。高校に上がり、良い先生に巡り会うことができた。その影響で、学校の先生になることを夢見て、教育学部を志望していた。が、母親が元小学校教員で、先生という仕事の辛さを知っていたので、教育学部に行くことを反対した。結局、就職先に困らなさそうという理由で、工学部に進学することになった。
そうやって親の願望を押し付けられて育ってきたので、自分が真にやりたいこともなく、図らずも「自己癒着」に陥ってしまったのだろう。
仕事も最初は順風満帆で周りからも評価されていたが、一年前に部署を異動してから、自分にとっては雑用のような仕事ばかりを押し付けられているような感覚に陥っていた。とはいえ、それらの仕事に意味を見い出し、周りから認められたいと言う一心で頑張っていた。ただ、モチベーションが徐々に低下していっていた。元部署では活躍していたこともあり、どうしてこの部署に行くという判断をOKしたのだろう、とひどく後悔をしていた。同僚や妻に対して、愚痴を言うことが多くなってしまっていたが、心の中では何もできない歯痒さから自己嫌悪に陥っていた。何をするにもモチベーションが湧かなくなってしまい、楽しいという感情が全くなくなっていた。ついに会社に行くことが辛くなってしまい、休職することになってしまった。
今は他者の目に晒されない環境で、しっかり休んでいる。生きるエネルギーが徐々に回復している感覚があり、図書館で本を読むことや公園でランニングすることを心から楽しむことができている。
「あなたは人に迎合して生きてきた。その結果自分には不誠実に生きてきた。これからは自分に誠実に生きることである。そうすれば自然と人には誠実になる」
長年培ってきた自己執着をすぐに無くすことが難しいとは思うが、他者の目を気にせず自分の人生に集中できるよう「自分が本当にやりたいこと」を改めて考えてみようと思う。そして、自分のやりたいことを実現できるよう少しはわがままになっていきたい。
本当は図書館で別の本を探していたが、たまたまこの本のタイトルに目に入って、読んでみることにしたが、まさに今の自分が求めていたもので、非常に勇気づけられた。休んでいることに罪悪感や後悔を感じていたが、この本を読んで吹き飛んだ。
「生きることに疲れた状態は、自分の人生の中で必要なトラブルと思えばいい。休んで次の幸せの準備をしよう。きっと春が来る。それまで休む。」
正直、幼児的願望を満たされて育ってきた人は、この本を読んでもピンとこないかもしれない。ただ、自分と同じ境遇に陥っている人には、ぜひこの本を薦めていきたい。それほどまでに心に刺さる良書だ。