あけましておめでとうございます。
私は昨日(12/31)から一睡もしていません。(ネットサーフィンをしていたので)
明け方ベランダに出たら初日の出が綺麗だったので写真を撮って、家族とお雑煮を食べて、ニューイヤー駅伝の中継を観て、散歩がてら初詣に行っていたらいつの間にか日本海側が大変なことになっていました。私はこんな文章を書いていられるくらいなので全然無事なんですが、これを読んでいる人たちの中には大丈夫じゃなかった人もいるんでしょうか。避難だなんだというのはテレビやSNSの、発信力があり、また発信する義務のある人々が既にやってくれています。多分いまの状況でしずかなインターネットを読みに来た人が求めているのはそういう内容ではないと思うので、いち市井の人間である私はいつも通りに(でもすこしだけ控えめに)インターネットをしていこうと思います。かくいう私もちょっと地震関連の報道やツイートを観るのがしんどくて逃げてきちゃったクチなので。タイトルも昨日の3時くらいに書き始めた文章のをそのまま使っています。
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ついに何も成し遂げられぬまま2023年が終わってしまった。昨日も書いたばかりだが、本当に2023年何をしていたのか上手く思い出せない。何かイベントがあったとかこんなバイトをしていたとかの大きな物事はともかく、「この月はこんなことしてたな~」が、ない。全くと言っていいほどない。人間誰しも年末になると「もう年末?早すぎるだろ…」と頭を抱えるものだとは思うが、私はそれを通り越して「もう年末…?(理解拒否)」となった。この1年の記憶が全然実感を伴っていないので脳内時計はせいぜい2週間程度しか進んでいない。今年楽しかった?と聞かれても「今年?記憶にないが…」と返すしかない。これじゃ人生あまりにも空虚すぎるだろと思ったので私は2つの対策を考えた。
1つは毎日文章を書くこと。もう1つはバケットリストを公開すること。
その日の出来事や思ったことを書き留めておくことで、もし年末の私が再び記憶を失ったとしても私が日々を積み重ねた証拠を残しておくことができる。バケットリストの公開は「私は今年こんなことをやろうと思っています」と外に向けて表明することでもあり、ただ漠然と「やりたいこと」が「やりたいこと」のまま意識の隅に追いやられるのを防ぐ効果がある。知らんけど。
実はどちらも過去に何度か試み、そのたびに3日と続かず挫折してきたという苦い経験がある。去年作ったバケットリストはどれも空欄のままだし、日記帳にした2024年のロルバーンダイアリーは一昨日買ったキーボード置き場となっている。では今回はこれまでと何が違うのかというと、この「しずかなインターネット」という存在だ。
私は文章を書くことが大の苦手である。だから自分が書いた下手な文章を他人に読まれるのも苦痛だったし、まして不特定多数の誰かが自分の文章を読むかもしれない場所で日記を書くなど新手の拷問かな、としか思えなかった。だがここは私のページのURLを知っている人しか読めないから拡散性が著しく低いし(誰かが意図をもって広めようとするならば話は変わるが)、他人が書いた文章も入って来にくいから「ささっと書いてぱっと投げる」のハードルが上がらずに済む。あと、文章を公開すればフォロワーが面白がって目を通してくれるので、「毎日書く」と言ってしまえば自分に向けた監視体制をゆるーく築くこともできる。従来のアナログ媒体ではそれを読む(≒監視する)存在もなかったのでサボり放題だった、なので続かなかった、というわけだ。
要するに「毎日文章を公開してフォロワーにそれを監視してもらおう」ということである。もしかしてヤバいこと言ってる?自分
それでも私の文章を面白おかしく読んでくれたり、リストを消化するごとにその喜びを分かち合えたりできたなら、私だけでなくフォロワー諸氏にとっても多少はメリットが生じると思うのだが、どうだろうか。
ちなみにどうしてリストが52という中途半端な数字なのかというと、1年は52週あるから1週間で1個消化していけば全部終わるんとちゃうか…というどんぶり勘定によるものである。今後のペースや自分の心持ち次第ではもっと増える可能性がある。