64. 泳ぎ方

アマヤドリ
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公開:2024/5/16

本を読んでいるとき、意識を確かに持たないと文字から感じた色や色から派生したイメージが本の上をうろうろと行き来して全然内容が入ってこないようなことがある。今日は乱入してきた動物をまず「どうどう」と蹴散らしてから文字の意味だけに集中しなければならなかった。オスカー・ワイルドは二本の角をもった鹿と大きな鷲とは何の関係もない。ただのカタカナ、人の名前だよ、と。

読書に没頭していると本のなかの世界に自分も混ざり込み、景色に溶け込んでゆく感じがした。ずっとそこに浸っていられるならそのままずんずん進んでいってもよかったのだけれど、私には本を閉じないといけない瞬間が来るのだった。その時のためにいつも絶えず、ちょっと緊張していたような気がする。全身をひたしきらず、もしかしたら言葉が投げかけるひっかかりを理由にして、どんなふうにそこと距離をとれるか、ぴんと張ったり緩めたりしながら自分のほどけかたを試してみていたのかもしれない。言葉がわたしをそこに引き込むのに、言葉の性質は私を本の外の世界につなぎとめる。

大人になってから私を邪魔しているのは「何のために?」という言葉である気がする。両親の図書カードまで使って、とても2週間では読めもしない量の本を汗だくで抱えてきてそこに飛び込む時、「何のために?」なんて考えたりしなかった。