ひとつのものごとを長く深く見つめることに憧れていると気づいたのはトーベ・ヤンソンの小説を読んだときかもしれない。それかターシャ・テューダーの庭を見たときか。ひとところにじっと留まって辛抱強く何かと向き合うなんてそんな時間もなければ性にも合わないとその時は諦めていたけれど、そうだ、その時は自分とはかけ離れているものに憧れるなんて変なのと考えていたけれど、実は自分で思うほど素早く遠くに走ってゆくタイプの人間ではなかったのだった。
気が向かないことは一切やってくれない。これには本当にびっくりする。私はまあまあ理性もあるし、メタ認知もまるきり欠けている訳でもないし、客観的に原因と結果のようなものを予想できるのに、なぜか気が向かないことだけは全然できない。人が関わってくれば別の話なのだけど、自分のこととなると今日拾ってきた猫みたいに全然言うことをきかない。言葉が通じてるのに、やったほうがいいと分かっているのに、岩のごとく動かないのだった。なにこれ?
1時間くらい前から雷が鳴っている。雨はそんなに降っていない。音もそこそこ。雷を見ると、夜更けに弟と並んで嵐を眺めた大きなガラス窓を思い出す。