連休の合間で町の小さな医院はいつになく混んでいた。よく晴れた日で、待合室のすりガラス越しにも外の陽射しが眩しいのがわかる。
天井近くに設置されたテレビは、前日からのニュースを繰り返し伝えていた。ここのチャンネルはいつでもNHKだ。
その日も静かに順番を待つ人々の上をアナウンサーの規則正しい─けれど僅かに緊張を含んだ声が延々と流れていた。多分、多くの番組がニュースに切り替えられていたのかもしれない。
ゴールデンウィーク序盤は良い天気だった。テレビが遠い国の深刻な現実を伝え続けていても、一歩外に出れば青空の下で行楽地は賑わい、商店街の人々はいつも通り忙しく立ち働いていた。その活気の中に入りそびれ、どの現実からも少し距離を置いたように、小さな待合室はぼんやりと気だるい空気に包まれていた。
ふいに。くすんだ視界を明るい色が横切った。ピンク色の小花模様。会計を終えて帰ろうとしている、若い女性のワンピースだった。おそらくこれから仕事なのだろう。麻のジャケットを着て、長いソバージュの髪にリボンを結び、バッグ代わりのDCブランドの紙袋を肩にかけた彼女は、その待合室の中でただひとり、春の活気を身にまとっていた。後ろ姿で顔は見えない。ローファーに履き替え、脱いだスリッパを丁寧に戻すと、女性は扉を開けて眩しい陽射しの中に戻って行った。
それきりである。彼女とは御近所さんだったのかもしれないが、顔を見ていないからすれ違ってもわからない。数年後には私もその町から引っ越してしまった。
二日後、東京では雨が降った。四日後には降り続く雨の中から、六日後には水道水から微量の放射性物質が検出されたと報道があった─と当時の日記には書いてあるが、その後はもうあまり具体的な記述は無い。ページを辿って行くと、八日後にはチャールズ皇太子とダイアナ妃が来日。秋には三原山が噴火し、冬にはいわゆる“フライデー事件”が起こっているが、それがその年の出来事だったことは、すっかり忘れていた。
それなのに見知らぬ人が着ていた春色のワンピースは覚えているのだ。一生のうちの、時間にしてせいぜい1~2分。一方的に見かけただけなのに、毎年この時期になると(或いはその時のことを考えると)今でも必ずあの光景が浮かぶのだから、記憶とは変なことを変なふうに留めているものだと思う。