方向音痴なので、初めて行った場所はもとより家の近所でも普通に道に迷う。なので、急ぐ時ほど下手に近道をしようとしたりせず、決まった道を通ることにしている。
ずっと前の春。川沿いの桜並木が見頃だろうと思って散歩に出た時。車通りの多い道を避けて、通ったことのない道を行ってみた。急ぐ必要はなく、多少迷ったとしてもよもや帰れなくなることはないだろうと思ったから。
天気はよく、平日昼間の住宅地は眠っているみたいに、ひっそりのんびりしていた。
少し行くと右手に小学校があった。 (何年も住んでいたのに、そこに学校があることをその時知った)
春休みで人の気配はまったくない。門は閉ざされて鍵がかかっていた。 あまり広くない校庭を満開の桜がぐるりと囲んで覆っている。
はらはらと音もなく散る花びら。 地面に触れる瞬間に、耳を澄ませばその微かな音が聞こえるのではないかと思うくらい静かだった。 人がいないと桜はこんなにきれいなのか、と思った。
そのあと桜並木の桜も見たはずなのに、その日の印象としてはあまり記憶に残っていない。 今でもあの町の桜と言って最初に浮かぶのは、あの日たまたま見た誰もいない校庭の桜だ。 ぼんやりと明るい、夢のような風景。
もう一度見たくて次の年も無人の春休みを狙って行こうとしたけれど、たった一回だけ思いつきで通った道は、私には二度と見つけることができなかった。