感傷の海を泳いでいく。

だあみ
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yonigeの「さよならアイデンティティー」をひさびさに聴いている。たぶん、そんな気分なのだ。先日、人のクルマに乗せてもらったときにランダムで流れていたことも起因しているのかもしれない。

じぶんじしんの感傷に浸ることができる時間だ。過去のほろにがい記憶を思い出す時間だ。そんな時間必要なのか?なんて超資本主義価値観を持つ人は思うのだろうか。

感傷の海を泳いでいくことは、ときには大切な行為なのだ。これはじぶんをしなやかにつよくしていく行為だ。

つよさとは、かたいだけではない。