この人のもとにやってきて随分経った。
彼には私を含め妻が三人いる。最初は気まずかったが、四人で暮らすうちそれなりに気心も知れた。
一人息子も手を離れ、優雅な軟禁生活を送っている。
ある時、一番目の妻が死んだ。彼女は娘しか産まなかったが、権力に取り憑かれていた。それで何かを知りすぎて、夫に殺されたらしい。
わたしはそれを幾つかもらされていたから、覚悟しなくてはならない。
「…欲しいものはあるか」
と、ある朝あの人は言った。
美味しいコーヒーを、と答えると、昔は飲めなかったくせに、と笑われた。
やがて届けられたコーヒーは、一口飲むと唇が痺れる感じがした。
これを飲み干した時、わたしは死ぬのだろう。
やり残したことを考えた。逃げるつもりはなかった。あの人に殺されるなら本望だ。
私は一晩かけてパソコンで全財産を妹に相続する旨を遺言書に記した。