幼い頃からレースゲームが好きな少年がいた。現実には存在しない道を、どこまでもどこまでもひとりで走っていくのが好きだった。
中学生になって、彼も恋をした。頼りなげなのにどこか逆らい難い雰囲気のある、若い教師だった。少年は彼女に会うためにつまらない学校に毎日通った。
ある日、英語の試験中に、ゾンビだかテロリストだか、とにかく危ないものが学校を襲った。彼は廊下に走り出て、教師の姿を見つけるとその腕を掴んで学校の裏門から飛び出した。
二人は学校なんてどうにでもなればいいと思っていた。手を繋いで歩くうち、教師は静かに泣きはじめた。
「あなたもすぐに中学を卒業して、高校も卒業して、大学生になって、遠くに行ってしまうんだわ」
少年は先生のためならなんでも捨てられると言った。教師は不老不死なのだという。そんなこと関係ないと少年は言う。遠くに逃げちゃいましょうか、と教師が言って、少年は黙って頷いた。
二人は教師の車で、他に誰もいない高速道路を走った。まるでレースゲームの中に入り込んだようだった。
随分長いこと走って、止まったのは海岸の岩場だった。車を降りて、靴を脱いで海が濡らす岩の上を歩いた。五分とも一時間とも思える時間が経って、向こう側から少年の母親が走ってきた。母親は警察を連れていて、教師は誘拐の罪で手錠をかけられた。
少年にはなにもできなかった。