重厚なテーマのストーリーかと思ったけど、映画の軸が「教皇選挙」という一貫した流れだったおかげで、登場人物が多くても意外とわかりやすかった。ストーリー自体もシンプルで観やすい
レイフ・ファインズが演じる主人公のローレンスは、教皇選挙を取り仕切る立場になるんだけど、ずっと「どうしたらいいんだ」「ああ、なんか自分にも票が入るけど困る……」みたいな顔をしている。選挙では、伝統主義的な保守派、穏健な保守派、同性婚にも賛成するリベラル派など、それぞれの立場がぶつかり合う
ローレンスの親友であるベリーニはリベラル派に属していて、現状、教派によっては女性の聖職者を認めているプロテスタント教会に対し、カトリック教会では未だ女性は聖職者(司祭以上)になれない。だからこそベリーニはもっと女性が参画できるようにすべきだと言うのだけど、ベリーニを支持している比較的リベラルな枢機卿たちからも「それはちょっと……」と咎められる
この映画を観て、教皇選挙の背景にはカトリックの男社会の構造や、それに関連するフェミニズムの問題があると感じた。キリスト教は、いわば世界最古の「ボーイズクラブ」で、制度そのものが男性中心になっている
そんななか、前教皇が密かに枢機卿に任命していたベニテスが登場し、選挙の流れが大きく変わる。誰に票を入れるか、どう立ち回るか、枢機卿たちの間で駆け引きが続く。
なんかいきなり前家長の秘蔵っ子みたいなのが出てくるとか横溝正史の世界じゃねーか!と思ったんであった。横溝正史も家父長制批判の小説を書いているし
そして選挙の場に女性の存在はなく、その代わり食事の準備や世話はすべて修道女たちがやっていた。そんな状況で、ベニテスが遅れて到着し、挨拶がてら祈りを捧げるシーンがある。それまでの枢機卿たちは形だけの祈りをしていたのに、ベニテスは飢えた人々のことや、食事を用意した修道女たちにも心を寄せた祈りをする。その姿に、周囲の枢機卿たちは「こいつ、今までのやつとは違うな」とざわめく
選挙戦の中では、有力な枢機卿のスキャンダルが発覚したりして、票の流れが変わる。最終的にベニテスが新しい教皇に選ばれるんだけど、ここで衝撃の事実が明かされる。ベニテスは外性器こそ男性だけど、体の中に子宮と卵巣を持つインターセックスの人間だった
もちろんインターセックスとは極めて個々人的なものであり、一人の例が一般化できるものではない。インターセックスといっても個人によってその様相は違う
そして物語終盤でベニテスがインターセックスであることを明かす展開には批判されるべき点もあると思う。が、私は"カトリック教会で教皇を決めるのだから当然男性だろう"そういう認識を利用して、"じゃあ、そうする意味ってある?なんで男性じゃなければなれないの?一番大切なのは信仰なんじゃないの?"というメッセージを照射するためのものだったと思っている
この事実を知ったローレンスは、完全に予想外だったみたいで、力が抜けたような顔をする。途方に暮れるという表現がぴったりな顔だった。生まれ持った属性によって「なれるもの」と「なれないもの」が決まる世界で、そのルールが崩れた瞬間だった
そして、映画のラストシーン。エンドロールの直前、修道女たちが談笑しながら穏やかに扉の外へ出ていく。この流れがめちゃくちゃ良かった。ベニテスの存在、修道女たちの笑顔——。この映画は、カトリックの男社会という枠組みを崩していく、フェミニズムやマイノリティの物語でもあったんだと改めて思った
ほかにも見どころはたくさんあって、とにかく映像がすごく美しかった。まるで宗教画を見ているような光の使い方や、音の響きが素晴らしかった。劇場で観る価値がある映画だった。ただ、2時間あるので、体調と相談しながら観るのがいいかも
また映画を観た人、もしくはネタバレが平気な人は公式サイトのネタバレ解説をのぞいて見るとよりおもしろくなる