ただ、いいやつになろう『マチズモの人類史 家父長制から「新しい男性性」へ/イヴァン・ジャブロンカ』

amy
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公開:2024/11/1

いやー、分厚かったし堅い言葉も出てきたけど、読んでよかった。そしてほんとマチズモ終わらせたいねえ~

マチズモの人類史 家父長制から「新しい男性性」へ書影

本書はフランスの歴史学者が2019年に刊行したものが訳されて日本では2023年に発売された。男女の不公平が社会に軋轢と不幸を生み、それを克服する方法は男性優位の家父長制社会を覆すことだと語っている。今までのフェミニズム文脈やジェンダー学でも指摘されてきたことではあるけど、何が新しいかというと、じゃあ「男らしさとは何か」を歴史的な観点から検証し、そこに生まれた男の支配の力学と病理を追求しているところだと思う

「男らしく」が具体的にどんなことかを言われたことはないのに気がついたら「男らしさ」で身を染めている。こういった勇ましい男性性は生物学的なものではなく文化的な属性であり「ジェンダー」とされる男性性のひとつの種類である。

この本の著者であるジャブロンカは男性性には複数あるが今まで問題となっているのは支配する男性性だとしている。この支配する男性性は女性だけではなく、支配する男性性以外の男性性を持つ男性をも制圧しており、結果として幸せになれない男性も多いと指摘している。

この支配する男性性こそが家父長制の岩盤となっているものであり、これが歴史を経て社会の産業構造や環境意識が変わったことによって維持できなくなっているという。こういった社会の変容に逆らうために、家父長制を温存したい人たちが様々な病理現象を起こしているのだと説いていた。現在本邦だけではなく他の海外の国でも一部の家父長制をよしとする傾向をもつ政党や人物が力を持つなどしているが(右傾化もこのひとつだと思われる)、この説を読んでバックラッシュが激しくなっていることが理解できた。この本が本邦で刊行されたのは2023年だが訳者がウクライナやパレスチナでの戦争や虐殺もこの病理化のひとつだろうと述べている。

一番私がこの本のなかで感銘を受けたのは、自らも特権をもつ白人男性でアカデミアに身を置き、異性愛者として結婚して子どもがいる著者のイヴァン・ジャブロンカが男性たちへ向けたメッセージだった。

『私は活動家ではないし、ダマスカスに赴く聖パウロのような伝導者でもないが、しかし、「いいやつ」になろうとしているのだ。』

p417 『マチズモの人類史 家父長制から「新しい男性性」へ』 イヴァン・ジャブロンカ

何か特別な大きな啓蒙活動をしたり志の高い聖人君子ではなくていい、ただ「いいやつ」にならないか?という著者からのメッセージは、男性だけではなく今まさに激化するトランスフォーブやいまだ終わり飲み得ないガザの虐殺など人権的な問題に共通するスタンスである。

「いいやつ」になろうというのは気軽で気さくでな表現である。

それは私も別に何か特別なことをする人間や、いわゆる意識の高い人間になりたいわけではないことを気づかせてくれた。

ただ誰かの尊厳を踏みにじる人間になりたくない、誰かの尊厳が侵害されることには悲しみ、怒れる人間でありたい。ただそれだけである。私も著者の言う「いいやつ」でありたいだけだ。

このスタンスに出会えただけでも400ページ超えを読んだかいがあった

※2025年2月9日加筆修正

@amy
悲しみを埋めるには 幸せの予感