蚊のレバ刺し

anatomiya
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 夏が終わった…。今年の夏も蚊にたくさん刺された。この夏、猫を観察していて気づいたのだが、猫もけっこう蚊に襲われている。だいたい耳のあたりを狙われ、そのたびに耳をピクピクさせて追い払っているようだ。しかし猫は手を持たないため、蚊が諦めるまでピクピクし続けるしかない。考えてみれば、猫も犬も、人間以外の哺乳類はほぼみな手を持たず、蚊を叩き殺すことができない。だったら蚊の方も、手などという凶悪な器官を持つヒトは狙わず、野良猫やら散歩中の犬やら、殺される危険のない獲物だけ襲っていればいいのに。なぜ進化の過程で「激ヤバ動物・ヒトだけは絶対に避ける」という習性を獲得しなかったのだろうか。

 そこで私は腕で血を吸っている蚊に「なぜですか?」と聞いた。いや実際ほとんどの蚊はヒトなんか狙いませんよとのことだった。人間を狙うのはごく一部の蚊だけ、それもとんでもない変態なのだという。「あなたはこないだレバ刺し、生で食べましたよね?」と蚊がいう。いや…と答えたが、血の味で分かるといわれれば、認めざるを得なかった。私はこないだ「両面15秒づつ加熱してからお召し上がりください」と提供されたレバ刺しを、両面で合計0.00001秒の加熱で食べた。蚊は問う。「生のレバ刺しを食べたら死ぬかもしれないのに。なぜ?」だって美味しいから…。

 ヒトの血を吸う蚊は死ぬかもしれなくても美味しいものが食べたい、美食の変態らしい。「案外大丈夫だったよ、寝てるとこを狙えばイケる」という変態蚊がいる。「トイレに潜んで吸いまくってきた」という変態蚊がいる。そしてある日、突然かえってこない変態蚊がいる。一度ヒトの血を味わったら、もう他の哺乳類では物足りない。最近ではヒトの血を吸うことに禁錮120時間、執行猶予240時間の厳しい罰を科すことで、殺される蚊を減らそうとする蚊の団体もいるらしい。けど、と蚊は続ける。美味しくて吸う前と後では世界が全く違って見える血、栄養に溢れていて身体中に愛があふれる血、恐ろしい手の恐怖を逃げのびた幸運な変態蚊たちの持ち帰る話は、どれも魅力に満ちている。あなたもレバ刺し、生でまた食べたいですよね?と蚊は問う。私が答えようとすると「モスキートやめますか、ヒトの血やめますか〜」と歌いながら蚊は飛んでいった。あの蚊もまた、仲間に私の血の味について話してくれたのだろうか。