少し絵を描いてみようと思った。
ずっと昔から、興味がわいたことに対して形から入る癖がある(飽き性なので何も継続したことがなく、初心者セットのようなものがたくさんあるだけの部屋になる)。水彩色鉛筆とアクリル絵の具が家にあるのだが、そんなふうに思い立った今日はあいにくアルバイト中で、彼らは自宅でお留守番。ボールペンを手に取り、スケジュール帳のメモ欄を開く。自分しか見ることがないはずなのに、もし気に入らなかったとき、日記のページ裏に描いてあった場合に破れないのがいやで、ページをずいぶんと繰り、ペンを紙面の上で遊ばせる。
そういえば最近、自分自身をアウトプットすることに対して自信がないという旨のつぶやきに深く共感した。かといって、「誰もみてないよ、気にしていないよ」は傷つくし、もちろん「みんなに見られている」状況も大変プレッシャーである。
自信のなさに繋がるのは、自分に対しての理想が高いとか、触発された相手と(当たり前だとわかっていながら)比べてしまったりだとか、自分のことを知られること、あるいは知った気になられることの嫌悪や恐怖感とか。人それぞれだろうけど、ざっとあげられるのはこんな感じ。私は自分の物差しで自分のことをはかることが苦手で、他人の目が気になってしまうし、公開していることばだけで私という人間をつくられることに抵抗があるため、自分の心情を可視化させることが好きではない。ただ前文でも記したように、「誰も見てないよ」はいや。シンプルにわがままだと思う。だからこそ、公すぎない、ただ見ている人は見ているよ、と伝わるこのサービスには感謝しかない。
そんなつぶやきをしていたひと、私はその自己表現がとても好きだよ。誰も不快にさせることなく、柔らかに、程よい距離感で自分の思考を話せるひとだと個人的には感じる。これからも無理のない範囲でアウトプットをしていってほしい。ここでその人物を褒めることで自信がどうなる話ではないことはわかっているけれど、見ている人は見ているよ、の見ている人より、でした〜〜〜くらいの感覚で書いてみる。