少しあいてしまったが、目が開かなくなった犬はその後眼科に行って処方してもらった点眼薬で眼圧が落ち着いた。
症状は緑内障。
緑内障は治ることはない。点眼薬で眼圧を上げないように頑張るか、うちの犬みたいに視力がない犬は眼球を摘出するのが主な治療法とされている。
点眼薬で頑張るという選択肢もあるが、視力がない場合なんのために頑張るかというと、ひとえに「目があるという状態を保つ(=目をとらない)」ということに他ならない。
要するに飼い主のエゴである。
犬は鏡で自分の姿を見るわけではない(そもそも鏡像を理解できないらしい)ので、片目がないという外見が気にしないだろう。
ただ私からしてみると、今まで道を歩けば「かわいい!!」と言われて育った犬が、道を歩いて可愛いと言われなくなるどころか嫌な反応をされて傷つくのをみたくなかった。
片目がなければギョッとする人も多いだろう。恐る恐る触る人もいるだろう。今までのように誰もが彼女に目を止め、「触ってもいいですか?」と言ってくれる、そういうことは無くなるのだろう。
犬の幸せを第一に考えた時に、見た目が変わるということを許容しても良いか悩んだ。
でもこの先点眼をして「海に入って大丈夫だろうか」「ドッグランの激しい運動は大丈夫だろうか」そうやって心配しながら犬の行動を制限することが犬の幸せなんだろうかと考えた。
そして虚空をみつめて寝られずにいた犬の姿を思い出し、二度とあんな痛い思いをさせたくないとも思った。
そんなわけで手術に踏み切った。
手術の選択がこんなに怖いとは思わなかった。普段ソフトウェアエンジニアをしているとなかなかない、「不可逆な変更」が肉体に加わることになる。
眼球摘出したけれどやっぱ元に戻そう、とはいかないのだ。
そしてその選択権は犬自身ではなく、飼い主が持っている。
かくして手術後の犬を見て、あまりの可愛さにびっくりしたのである。片目を手術しても我が愛犬はこんなにもかわいいのだ!!!世界が明かるい!!!
ありがとう、帰ってきてくれてありがとう。
眼球を失ってしまったけれど、そのかわり30年ぐらい寿命が伸びたと信じてる。
そんで犬が今どうしてるかというと、2週間安静のうちまだ3日しか経っていないというのにもう自宅に飽きて外に出せとわあわあ言ってる。こまったなあ。